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2004年12月07日
私の思い「テロとの戦争」というけれど(04.Nov.)
「テロとの戦争」名目の蛮行土井敏邦
今年春に起こった米軍によるイラクのファルージャ侵攻と、イスラエル軍によるラファ侵攻の双方の現場に驚くほど共通する点がある。1つは侵攻した軍の狙撃兵が「動くものは何でも撃つ」ことだ。銃の照準眼鏡で相手が子供や女性であることを判別できていても、まるで猟を楽しむかのように撃ち殺している。そしてもう1つは、救急車の救助活動の妨害だ。ファルージャでは救急車の運転手が射殺され、私が確認しただけでも2台の救急車が砲撃で丸焼けにされていた。
2週間で58人の住民が殺害され、561軒の家屋破壊によって3352人がホームレスになった(「パレスチナ人権センター」統計)5月のラファ大侵攻でも、イスラエル軍によって救急車が攻撃され、遺体の運搬や負傷者の救助が妨害されたという証言が医療関係者から複数出てきた。
その象徴的な事件が救急車の生き埋め事件だ。 戦車の銃撃によって負傷した3人の家族を救出するために1台の救急車が現場に急行した。しかし目的の家の手前で戦車が救急車の前に立ちはだかり、銃撃しはじめた。運転手は救急車を後退させようとしたが、後方でブルドーザーが土砂を積み、退路を塞いだ。前方にも他のブルドーザーが土砂を積み上げ、さらに両側から土砂を押し付けてきた。運転手は救急車を生き埋めしようとしていると悟り、携帯電話で必死に病院や赤十字国際委員会に救援を求めた。「呼吸は問題なかったのですが、抑えがたい恐怖に襲われました。銃弾や砲弾によってではなく、土砂で埋められることによって、ゆっくり死に向かっているような気持ちでしたから」と運転手が当時を振り返る。赤十字などの介入などによって4時間後、やっと土砂が取り除かれ、運転手と2人の救急隊員は九死に一生を得た。しかしその救急車は破損が激しく二度と使えなくなった。
この運転手は2日前にもイスラエル軍に救急車の移動を阻止された。殺害された住民の遺体を収容するため、イスラエル軍に封鎖された地区へ他の2台の救急車と共に出動したときだ。突然、戦車が道路を塞ぎ、上空の武装ヘリコプターが救急車に向かって銃撃を始めた。3台の救急車は国連の診療所に避難したが、まもなくここも戦車に包囲され銃撃された。14時間後、赤十字国際委員会らの介入で運転手ら12人はやっと救出されることになったが、イスラエル軍は3台の救急車で出ることを認めず、病院が手配した別の救急車で脱出せざるをえなかった。3台の救急車は軍がその地区から撤退するまで使えず、医療活動に大きな支障が出た。
「テロとの戦争」「テロリストの駆逐」の大義名分があれば、侵攻した軍隊が現地の住民に対してどんな非人道的な蛮行、殺戮を行っても、それが免罪されてしまう空気がいま世界を覆っている。
投稿者 doitoshikuni : 2004年12月07日 22:55