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<title>土井敏邦　コラム</title>
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<description>ビデオ・ジャーナリスト土井敏邦のコラムです。パレスチナ・イラクなどを取材し、その成果を広くお伝えします。</description>
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<copyright>Copyright 2005</copyright>
<lastBuildDate>Wed, 23 Nov 2005 19:26:15 +0900</lastBuildDate>
<pubDate>Wed, 23 Nov 2005 19:32:21 +0900</pubDate>
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<title>土井敏邦作品履歴</title>
<description>土井敏邦（どい・としくに）　経歴
 
１９５３年、佐賀県生まれ。広島大学総合科学部卒

中東専門雑誌記者を経て、現在フリージャーナリスト。
１９９１年より１年間、週刊誌『朝日ジャーナル』の嘱託記者。

１９８５年以来、断続的に延べ５年以上、イスラエルとその占領地（パレスチナ）の難民キャンプや村に滞在して取材を続けている。

また８６年からのべ１２カ月間、アメリカ各地でユダヤ人、パレスチナ人を取材し『占領と民衆──パレスチナ』『アメリカのユダヤ人』『アメリカのパレスチナ人』の３部作を完成。

１９９０年の湾岸危機ではアメリカのユダヤ人社会とアラブ人社会の反応を、また翌年１月の湾岸戦争ではイスラエルで占領地のパレスチナ人とイスラエル国民の反応を取材し『朝日ジャーナル』に連載。
３月から２カ月間、NHKスペシャル「アメリカのパレスチナ人」制作をコーディネイト。

１９９３年の「中東和平合意」を機に再びパレスチナ・ガザ地区の難民キャンプやイスラエル国内に長期滞在し取材、ＥＴＶ特集「失業と解放の１年──パレスチナ難民エルアグラ家の場合」（９４年）「パレスチナ和平の陰で──ある家族の６年」（９９年...</description>
<link>http://www.doi-toshikuni.net/blog/archives/000026.html</link>
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<pubDate>Wed, 23 Nov 2005 19:26:15 +0900</pubDate>
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<title>「ファルージャ２００４年４月」チラシダウンロード</title>
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下記をクリックすると「ファルージャ２００４年４月」のチラシ（ＰＤＦ）がダウンロードできます。
Download file
...</description>
<link>http://www.doi-toshikuni.net/blog/archives/000025.html</link>
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<pubDate>Sun, 15 May 2005 18:46:33 +0900</pubDate>
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<title>自主制作映像試写会『ファルージャ　２００４年４月』</title>
<description>ドキュメンタリー映像「ファルージャ　2004年4月」
 
試写会のご案内
 
土井敏邦

　２００４年４月３０日、25日間にわたる米軍による第1次ファルージャ侵攻の終結から１年になります。

　ファルージャが解放された直後の５月初旬、私は延べ１週間にわたってその現地を取材しました。バクダッドから送った私の映像や記事は、TBS「報道特集」や「News２３」、また「週刊朝日」などで発表しました。しかしそれらはほんの一部に過ぎず、そこで伝えきれなかった部分を加えて、昨年夏、拙著『米軍はイラクで何をしたのか』（岩波ブックレット）にまとめました。

　一方、十数時間におよぶビデオ映像は３０分ほどの長さにまとめ、昨年秋以来、東京、名古屋、大阪、岡山、福岡、沖縄など各地での講演会で上映してまいりました。これは私自身が映像を簡単な器材で粗編集し、自作のナレーションを会場で読み上げるという簡素な手法でした。しかしそれでも各地の講演会の会場で、多くの方々から「学校や集会などで上映し、平和運動に活用したい。このビデオ・テープが手に入らないか」という声が上がりました。皆さんからのその熱い声に背中を押され、また...</description>
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<pubDate>Sun, 24 Apr 2005 10:58:20 +0900</pubDate>
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<title>パレスチナ　この１年（０４．１２月に思う）</title>
<description>パレスチナのこの１年
土井敏邦

　分離壁、シャロン首相の「ガザ地区撤退案」、ガザ地区・ラファでの大量家屋破壊、そして北部ジャバリア侵攻による１００人以上の犠牲者・・・、世界のメディアはパレスチナでの「旬な事件」をトップ・ニュースで伝え、まもなく問題が解決したかのように忘れ去る。

　しかし今、パレスチナ人に最も深刻な問題は、目に見えにくいがパレスチナ社会を蝕み続けている。
　イスラエルの“封鎖”政策によるパレスチナ社会・経済の侵食と、民衆の精神的な腐食だ。

　長年、占領政策によって、自立する経済の芽潰されてきたパレスチナは、封鎖によって“窒息状態”におかれている。これまで民衆の最大の収入源であったイスラエルへの出稼ぎの機会はほとんど奪われ、農産物や製品の輸出の道は閉ざされた。また原材料の輸入も困難となり、イスラエルの下請け産業も壊滅、零細工業も崩壊寸前だ。
　失業率は６０％を超え、２年前でも１日２ドル以下の貧困ライン以下は全体で６０％以上、ガザ地区では８０％にも達し、５歳以下の子供の２３％近くが栄養失調状態にあった。さらに深刻なのが高校や大学を卒業しても仕事もなく、海外で活路を見出...</description>
<link>http://www.doi-toshikuni.net/blog/archives/000022.html</link>
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<pubDate>Fri, 24 Dec 2004 13:09:39 +0900</pubDate>
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<title>ムスタファ君を支援してくださったみなさまへ</title>
<description>ムスタファ君を支援してくださった方々へ

　ムスタファ君への支援を呼びかけたジャーナリストの土井敏邦です。

　長い間、その後のムスタファ君への状況をお伝えできず、たいへん申し訳ありませんでした。その後、私自身の引越しと新生活のスタート、パレスチナ、イラク取材、パレスチナに関する拙著の執筆などに追われ、皆様へのご報告が遅れてしまいました。

　ムスタファ君は２００３年８月末にヨルダンへ渡り、首都アンマンの病院で手術を受けました。その経緯は私のホームページ（www.doi-toshikuni.net/）　で報告しています。

　アンマンでの１ヵ月間の治療の後イラクに帰国しました。私はムスタファ君の最初の手術直後、帰国しましたが、現地でムスタファの世話や日本との連絡係を引き受けてくださったＮＧＯ関係の日本人ボランティアの方々から、その後、ムスタファ君の様子は断続的に伝えられていました。それによると、私がアンマンを離れた後、もう一度、アキレス腱の手術が行なわれ、その傷が癒えた１ヵ月後の１０月中旬に、イラクへ帰国しました。
　しかしその後、骨の一部（主骨を支える細い骨）に炎症が発見され、バクダ...</description>
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<pubDate>Fri, 24 Dec 2004 13:03:53 +0900</pubDate>
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<title>愛知大学祭講演録（イラク）０４．１１月</title>
<description>０４／１１／３　第５８回愛大祭本部・国際問題講演会

土井敏邦氏講演

米軍はイラクで何をしたのか

　こんにちは。私はこれまで大学で話をすることはなるべく避けてきました。学生たちの反応が鈍く、失望していましたから。しかし今回は、愛知大学の方から熱心に“ぜひ”ということだったので、昨日まで九州にいたのですが、今日は朝一番の列車で横浜からきました。

　私は“パレスチナ問題”を２０年ぐらい追いかけてきましたが、イラクに行き始めたのは、去年の戦争終結から一ヵ月後の５月です。それから８月、今年の２月、それからファルージャの後の５月とこれまで四回現地で取材してきました。今日は、今年の五月、五週間かけて取材したものを中心にみなさんにお話ししたいと思います。

　まず最初は、５月にテレビで放映した囚人虐待の問題です。そのビデオをまず見ていただきます。私が現地から送った映像を、筑紫哲也のニュース２３で放映されたものです。７分ぐらいですの
で、これを見ていただいた後に補足するかたちでお話ししようと思います。

◆ニュース２３で放映されたビデオより　

　「こんばんは、筑紫哲也です。イラク戦争に正義はあ...</description>
<link>http://www.doi-toshikuni.net/blog/archives/000020.html</link>
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<pubDate>Fri, 24 Dec 2004 12:54:46 +0900</pubDate>
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<title>５月大侵攻の爪あと（２）と情勢</title>
<description>国境の最前線で生きるパレスチナ人たち
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　土井敏邦

（5月大侵攻後も続く小規模の家破壊）

　「私には兄弟も父も息子もいません。助けてくれる身内はだれもいないのです。どこへ行けばいいのですか」と、瓦礫の山となった自分の家の前で老婆が訴えた。「生まれてからずっと暮らしてきたこの家を見てください。ほら、ここへ来て。私たちの家財道具のすべてがどうなったか、見てください！」

　エジプトとの国境沿いラファ難民キャンプの一角にあったこの家で、未婚で頼れる家族もないこの老婆は、未亡人となった他の姉妹2人と肩を寄せ合うように暮らしてきた。しかし8月8日、イスラエル軍の侵攻で周辺の数軒の家と共に完全に破壊されてしまった。理由はわからない。老婆たちは行き場を失い、ホームレスとなった。

　国境近くで装甲車が爆破され6人の兵士が死亡した事件を契機に、今年5月、イスラエル軍は大量の戦車、武装ヘリコプター、ブルドーザーを動員してラファの難民キャンプに侵攻した。2週間近くに及ぶ侵攻の結果、５８人の住民が死亡、２６１...</description>
<link>http://www.doi-toshikuni.net/blog/archives/000019.html</link>
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<pubDate>Fri, 24 Dec 2004 12:48:46 +0900</pubDate>
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<title>イスラエル軍５月大侵攻の爪あと０４．夏取材</title>
<description>いまパレスチナはどうなっているのか
――イスラエル軍５月大侵攻の爪痕が癒えないラファからの報告――
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　土井敏邦

（なぜ今、ラファか）

　パレスチナ情勢が混沌としている。メディアでも、戦後なお混乱が続くイラクの報道の影に隠れて“パレスチナ”は断片的にしか伝えられないため、いっそう状況がつかみにくい。だが、イラクの行方を含む中東

　情勢は、“パレスチナ”抜きに語れない。

　挫折した“オスロ合意”に代わる新たな中東和平へ指標として、昨年春、アメリカのブッシュ大統領が打ち上げた「ロードマップ」構想も、イスラエル政府による“分離壁”の建設や、ヨルダン川西岸地域でのユダヤ人入植地拡張へのアメリカ政府の承認などによって、いまや死に体にある。一方、イスラエルのシャロン首相は、昨年暮、ガザ地区からの入植地撤退案を打ち上げたが、極右勢力だけではく、与党リクード内部の右派勢力からも猛反対を受け、来年の実現は危ぶまれている。だが、このガザ地区撤退の見返りとしてヨルダン川西岸地区の大半のユダヤ人入植地...</description>
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<pubDate>Fri, 24 Dec 2004 12:34:06 +0900</pubDate>
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<title>短信パレスチナ１　ただいま取材中０４．１２月</title>
<description>短信　パレスチナ・１
ただいま取材中　２００４年１２月

２００４年１２月１７日　取材が始まる
昨日、Aさんらと車でジェニンへ。破壊されたあとに、きれいに住宅街ができていました。アラブ首長国連邦の寄付で破壊された４００軒以上の家が再建されたのです。
 
　今日、ジャイユース村を再訪しました。ある家族の元に落ち着きました。１週間ほどここに滞在し、その後のジャイユースを取材します。　とにかく寒い。底冷えします。ズボン下が必要なほどです。
 
２００４年１２月１９日
今日は、昨日とうって変わって、すばらしい秋ばれでした。
トマトを栽培するハウスの中で撮影をしたために暑くて、Tシャツだけになるほどです。

今日の午後、ジャイユース村のオリーブ畑が破壊されました。その現場を取材しました。
兵士たちに撮影を禁止されました。
イスラエル軍によってオリーブが引き抜かれていく、その途中、地主の息子が走ってやってきて、オリーブを破壊するシャベルカーに投石を始めました。そして窓ガラスを破壊してしまいました。遅れて駆けつけてきた父親は、衝撃で意識を失ってしまいました。
何十年もかけてロバで水を丘の上まで何度も...</description>
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<pubDate>Thu, 23 Dec 2004 11:24:19 +0900</pubDate>
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<title>ファルージャ　悲嘆、怒り・・・</title>
<description>
...</description>
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<pubDate>Tue, 07 Dec 2004 23:12:36 +0900</pubDate>
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<title>エッセイ　現場とジャーナリスト（０４．Oct.)</title>
<description>現場とジャーナリスト
土井敏邦

　今年４月、イラクのファルージャは１ヵ月近く米軍に包囲・攻撃され、７００人を超える死者と２５００人近い負傷者を出した。私がその現場に入ったのは、包囲が解かれて１週間が過ぎた５月１１日だった。それでも市内の至る所に攻撃の生々しい爪痕が残っていた。ミサイル攻撃で家族３１人が屋根の瓦礫の下敷きになった現場には頭皮のついた髪、千切れミイラ化した子供の足が残っていた。爆撃で１３人の殺害された農家の壁には、バラバラになった２歳の子供の肉片がこびりついていた。頭部に爆弾の破片を受けた１５歳の少年は、眼の瞳以外まったく全身が動かない植物人間となっていた。１２歳の少年は米兵に狙撃され、睾丸とペニスを失っていた。私がバグダッドから送ったその映像と活字は「スクープ」としてテレビや雑誌で伝えられた。私はジャーナリストとしての本分をいくらか果たせたような気がした。

　しかし帰国後、「ファルージャ　２００４年４月」というルポを読んで愕然とした。それは、まさに米軍の猛攻撃の中、ファルージャの現場の真っ只中に身を置いて凄まじい現場を目撃し、激しく銃弾が飛び交う中、負傷者の救援と遺体...</description>
<link>http://www.doi-toshikuni.net/blog/archives/000014.html</link>
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<pubDate>Tue, 07 Dec 2004 23:07:36 +0900</pubDate>
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<title>ラファの人々　（０４．Aug)</title>
<description>国境の最前線で生きるパレスチナ人たち

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　土井敏邦

（5月大侵攻後も続く小規模の家破壊）
　「私には兄弟も父も息子もいません。助けてくれる身内はだれもいないのです。どこへ行けばいいのですか」と、瓦礫の山となった自分の家の前で老婆が訴えた。

「生まれてからずっと暮らしてきたこの家を見てください。ほら、ここへ来て。私たちの家財道具のすべてがどうなったか、見てください！」

　エジプトとの国境沿いラファ難民キャンプの一角にあったこの家で、未婚で頼れる家族もないこの老婆は、未亡人となった他の姉妹2人と肩を寄せ合うように暮らしてきた。しかし8月8日、イスラエル軍の侵攻で周辺の数軒の家と共に完全に破壊されてしまった。理由はわからない。老婆たちは行き場を失い、ホームレスとなった。

　国境近くで装甲車が爆破され6人の兵士が死亡した事件を契機に、今年5月、イスラエル軍は大量の戦車、武装ヘリコプター、ブルドーザーを動員してラファの難民キャンプに侵攻した。2週間近くに及ぶ侵攻の結果、５８人の住民が死亡、２...</description>
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<pubDate>Tue, 07 Dec 2004 23:03:30 +0900</pubDate>
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<title>イラク国民は「主権委譲」どう見ているか（０４．Aug.)</title>
<description>イラク国民は「主権委譲」をどうみているのか
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　土井敏邦

　６月２８日、イラク暫定政府に「主権」が移譲された。しかしその「主権」がどれ程度の権限なのか、CPA（連合国暫定当局）に代わるアメリカの拠点「在イラク・アメリカ大使館」の意向からどれほど自由でありえるのか、不透明である。
では、イラク国民は、この暫定政府をどう見ているのか。「主権委譲」に対するバクダッド市民、大学生たちに期待と不安を訊いた。
　
　まず学生たちの中から出てきたのは、「占領から生まれたこの新政府は信用できない」といった暫定政府の“正当性”を疑問視する声である。

　「新大統領も首相も、イラク国民が選んだ人物ではなく、統治評議会が選んだものです。その統治評議会のメンバーを選んだのはアメリカ占領当局です。つまりこの暫定政府はイラク人の願いと意思を反映したものではありません」（メイタム・ラザック／バクダッド大学英文科３年／２６歳）

　　しかし圧倒的に多いのは、イラク人による新政府に対する願いにも似た期待だった。

　「も...</description>
<link>http://www.doi-toshikuni.net/blog/archives/000012.html</link>
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<pubDate>Tue, 07 Dec 2004 22:59:18 +0900</pubDate>
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<title>私の思い「テロとの戦争」というけれど（０４．Nov.)</title>
<description>「テロとの戦争」名目の蛮行土井敏邦

　今年春に起こった米軍によるイラクのファルージャ侵攻と、イスラエル軍によるラファ侵攻の双方の現場に驚くほど共通する点がある。１つは侵攻した軍の狙撃兵が「動くものは何でも撃つ」ことだ。銃の照準眼鏡で相手が子供や女性であることを判別できていても、まるで猟を楽しむかのように撃ち殺している。そしてもう１つは、救急車の救助活動の妨害だ。ファルージャでは救急車の運転手が射殺され、私が確認しただけでも２台の救急車が砲撃で丸焼けにされていた。

　２週間で５８人の住民が殺害され、５６１軒の家屋破壊によって３３５２人がホームレスになった（「パレスチナ人権センター」統計）５月のラファ大侵攻でも、イスラエル軍によって救急車が攻撃され、遺体の運搬や負傷者の救助が妨害されたという証言が医療関係者から複数出てきた。

　その象徴的な事件が救急車の生き埋め事件だ。　戦車の銃撃によって負傷した３人の家族を救出するために１台の救急車が現場に急行した。しかし目的の家の手前で戦車が救急車の前に立ちはだかり、銃撃しはじめた。運転手は救急車を後退させようとしたが、後方でブルドーザーが土砂を...</description>
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<pubDate>Tue, 07 Dec 2004 22:55:04 +0900</pubDate>
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<title>イラク国民にとっての主権委譲２００４．Nov.</title>
<description>イラク国民は「主権委譲」をどうみているのか　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　土井敏邦

　６月２８日、イラク暫定政府に「主権」が移譲された。しかしその「主権」がどれ程度の権限なのか、CPA（連合国暫定当局）に代わるアメリカの拠点「在イラク・アメリカ大使館」の意向からどれほど自由でありえるのか、不透明である。

　では、イラク国民は、この暫定政府をどう見ているのか。「主権委譲」に対するバクダッド市民、大学生たちに期待と不安を訊いた。
　
　まず学生たちの中から出てきたのは、「占領から生まれたこの新政府は信用できない」といった暫定政府の“正当性”を疑問視する声である。
　「新大統領も首相も、イラク国民が選んだ人物ではなく、統治評議会が選んだものです。その統治評議会のメンバーを選んだのはアメリカ占領当局です。つまりこの暫定政府はイラク人の願いと意思を反映したものではありません」（メイタム・ラザック／バクダッド大学英文科３年／２６歳）

　　しかし圧倒的に多いのは、イラク人による新政府に対する願いにも似た期待だった。
　「もち...</description>
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<pubDate>Wed, 17 Nov 2004 23:26:21 +0900</pubDate>
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