Webコラム

イラク国民は「主権委譲」をどうみているのか

(以下の文章は2004年7月『週間金曜日』に掲載されたものです)

 6月28日、イラク暫定政府に「主権」が移譲された。しかしその「主権」がどれ程度の権限なのか、CPA(連合国暫定当局)に代わるアメリカの拠点「在イラク・アメリカ大使館」の意向からどれほど自由でありえるのか、不透明である。
 では、イラク国民は、この暫定政府をどう見ているのか。「主権委譲」に対するバクダッド市民、大学生たちに期待と不安を訊いた。

 まず学生たちの中から出てきたのは、「占領から生まれたこの新政府は信用できない」といった暫定政府の“正当性”を疑問視する声である。

 「新大統領も首相も、イラク国民が選んだ人物ではなく、統治評議会が選んだものです。その統治評議会のメンバーを選んだのはアメリカ占領当局です。つまりこの暫定政府はイラク人の願いと意思を反映したものではありません」(メイタム・ラザック/バクダッド大学英文科3年/26歳)

 しかし圧倒的に多いのは、イラク人による新政府に対する願いにも似た期待だった。

 「もちろんこの新政府の指導者たちを国民が直接選んだ者たちではないにしても、多くの国民はこの政府を受け入れていると思います。とくにヤウエル新大統領は、すべての国民が知る大きな部族の長です。イラク人には自分たちの政府が必要です。この新政府が力をもてば、国民は『今、私たちには自分たちの政府がある』と胸を張ることができます」(エマド・ユーセフ/農業省公務員/34歳)

「私は新政府を信頼します。フセイン政権時代からの35年間に人生を奪われ、ひどい状況に置かれてきたイラク国民を新政府は救って欲しい。1年半のアメリカの占領によっては私たちの生活は何一つ改善されませんでした。今、イラク国民は将来への希望を求めています。そんな国民に『この新政府はイラク人を救うためにできたのだ』ということを示してほしい。単なるスローガンではなく、実際、私たちに実感させてほしいのです。もうスローガンにはうんざりです」(バラセム・サーレ/バクダッド大学英文科3年生/50歳)

 「新政府は国民の失業問題を解決してくれることを願っています。そしてなりよりも治安です。いつ、どこで爆弾事件があるかわらない。人々が自由に安心して街を歩けるようにしてほしいのです」(ハイダル・ハッサン/バス運転手/21歳)

 一方、イラク暫定政府は来年1月の直接選挙によって国民が真のイラク政府を選ぶまでの一時的な政府に過ぎないという冷めた見方もある。

「今は、私たちが選択しようにも、どんな指導者たちがいるのかわかりません。これから1月までにいろいろな指導者たちが現れるはずです。もしこの新政府がアメリカの言うとおりに動くような政府だったら、国民によってこの政府は追い出されるでしょう」(エマド・ユーセフ/農業省公務員/34歳)

多くのイラク国民が自分たち自身で選んだ政府でなくても期待を寄せる背景には、この1年半のアメリカの占領に対し、「ただ約束だけでイラクのために何もしなかった」という失望と、「住民に暴行を加え、何の了承も得ずに民家に侵入してやりたい放題のことをやってきた」という怒りがある。主権委譲後も米軍がイラクに駐留し続けることへの是非を尋ねると、ほとんどの回答者から「アメリカはイラクから出ていくべきだ」という答えが返ってきた。

「たとえ主権を新政府に委譲しても、米軍がこれまでのように街の中を闊歩し続けるならば、国民の誰も新政府がイラクを統治しているとは実感できないでしょう。アメリカが何と言おうと、イラク国民が望んでいるのは、アメリカによる占領の終結です。主権を委譲するといいながら、米軍が留まり続けるならば、新政府も成功しないでしょう」(エマド・ユーセフ/農業省公務員/34歳)。

「アメリカはイラクに自由と民主主義をもたらすために、また支援ために来たと世界に喧伝しています。しかしイラクに長く留まるならば、イラクの解放のためではなく、占領しイラクの豊富な資源を奪うために来たことになる。アメリカはイラクの石油資源をコントロールしようとしているのです」(バラセム・サーレ/バクダッド大学英文科3年/50歳)

「アメリカは巨額の金を使ってイラクへ侵攻し占領しました。そんなアメリカがイラクから何も得ずに出て行くはずがありません。米軍は占領し続け、自分たちが目的を遂げ撤退したいときに、撤退を決断するでしょう」(メイタム・ラザック/バクダッド大学英文科3年生/26歳)

連日のように爆弾テロが続く不安定なイラク情勢のなかでは、治安維持のために米軍の駐留はやむをえないのではないか、という私の問いに、「今、米軍がイラクを去ると、イラク人同士の大きな内戦が起こるでしょう。私たちが十分な軍隊をもち治安を自分たちで守れるまで米軍はイラクに留まったほうがいい」(アブドゥル・フセイン/鍛冶屋/56歳)といった声は、インタビューした25人のうち2人だけだった。大半は、「新政府の方がイラクの治安を護れる」という意見である。

「アメリカは自分たちがイラクの治安を護っていると言います。しかしそれはイラクに留まるための言い訳に過ぎません。私はいつも自分が発行する新聞で『イラク人に治安維持の権限を与えよ。イラク人で護れる』と主張してきました。イラクの大きな部族やファミリーの力、またイスラム教の聖職者たちの力でイラクの治安維持はできるのです。
アメリカはこの1年半、イラクにとって有益なことは何一つやってこなかった。そうしようとまったく考えていなかったのです。アメリカはイラク人の信頼を完全に失ってしまいました」(アルゾバイ/イラク・ジャーナリスト協会幹部)

「主権委譲後に米軍がイラクに留まり続けることには反対です。そうなればイラク国内で米軍を狙った爆弾事件が続き、いっそうイラクの治安が脅かされます。しかも爆弾事件の犠牲になるのは、米軍ではなく、大半がイラクの一般市民なのです。アメリカが去れば、イラクは今までよりずっと状況がよくなります」(ハイダル・ハッサン/バス運転手/21歳)

「イラク人のことはイラク人自身が一番よくわかっています。イラク人同士ならお互い理解しあえます。しかし外国人はイラク人のことを理解できません。だから外国人はイラクの街でセキュリティーを維持することはできません」(モハマド・イサ/医療器具の技術者/34歳)

「イラク警察や新イラク軍は十分な武器も装備も与えられていません。彼らの現在の装備は米軍の装備とは比較にもなりません。国のセキュリティーを護るためには必要なすべての装備が与えられるべきです。そうすればイラク軍や警察はもっと強力な組織になり、それを見る一般市民も彼らが力を備えていることを実感し、信頼するようになるはずです」(アラー・アブドゥラ/文房具店店員/40歳)

多くのイラク国民が暫定政府に大きな期待を寄せている根底には、1年半のアメリカの占領によって何一つ事態が好転しなかったことへの失望と怒りの反動と共に、「少なくともアメリカの占領からは抜け出せる」という藁をも掴む思い、そして「たとえ今はアメリカに押し付けられた政府や指導者であっても、来年1月には今度こそ自分たちで政府や指導者を選べる」という将来への期待があるようだ。
 しかしたとえ国民が自らの意思で選んだ指導者や政府であっても、アメリカの意思から決して自由にはなれないという現実に直面したとき、イラク国民はその自国の政府や指導者とどう向かいあおうとするのか。6月28日の「主権委譲」の結果が見えてくるのは、まだ遠い先である。