Webコラム

2006年夏・パレスチナ取材日記 17

高まる反米感情と悪化する日本の印象

8月6日(日)

 3月以来の公務員への給与未払いの影響をもう一例紹介する。
 ハンユニス難民キャンプに住むモハマド・アブザヘル(44)はパレスチナ警察の巡査部長で、5人の息子、5人の娘の父親である。給与は月2000シェーケル(約450ドル)、贅沢はできないが、休日の金曜日には肉のご馳走を食べる余裕はあった。長女は大学3年生、長男も大学へ通い始めて1年が経とうとしていた。
 給与の未払いは真っ先に食生活に影響を与えた。週に1度は1キロの肉を買っていたアブザヘル家は、今、月に1度、わずかな肉類を口にするのがやっとだ。
 父親のモハマドにとって一番辛いことは、収入が途絶えたため、娘と息子の大学の授業料を払えなくなり、2人は中退せざるをえなくなったことだ。とりわけ長女は大学でも成績優秀で、あと1年で卒業できるはずだった。父親が公務員であるために自治政府からの奨学金を得ることもできない。
 「ほんとうに身を切られるほど辛いことでした。しかし2人の授業料を払えないのですから、どうしようもなかったんです。支援を停止した国々にお願いしたい。パレスチナ人に対してもっと協力的であってほしいのです。私たちは選挙で自分たちの政府を選びました。何も悪いことはしていません。ただ私たちに過ちがあるとすれば、それは『私たちがパレスチナ人である』ということです」

 警察官にはファタハ支持者が多く(いや、むしろアラファトらPAの前指導者たちはファタハのメンバー、または支持者を優先的に警察官として採用したというのが正確だろうが)、現在の給与未払いは、ファタハのライバル、ハマスのせいだという声が圧倒的に多いと予想していた。しかしモハマドは違っていた。
 「今の悲惨な状況は『ハマスが悪い』とか『ファタハが悪い』という話ではないのです。どの組織であっても、イスラエルやアメリカに同意しなけば、彼らの敵なのです。だからこの状況、苦難の責任はイスラエルとアメリカ、それに追随するアラブ諸国にあるのです。
 例えばエジプト銀行を見て下さい。アラブ諸国からPAに援助された金をガザ地区に送金しません。それはアメリカからの許可が出ないからです。パレスチナ人はみなわかっていますよ。私たちのほんとうの敵はアメリカであり、イスラエルであるということを」
 「ハマスはイスラエルとの“停戦”で7ヵ月間、イスラエルに一発の銃弾も撃たなかった。それでもイスラエルとアメリカはハマスをテロリストだといいます。でも、アメリカをごらんなさい。あの国は日本に何をしたでしょうか。日本を焼き尽くしたのですよ。原爆による攻撃以上のテロがあるでしょうか。ヒロシマ、ナガサキで何万という人々を殺したんですよ。誰が他の国に原爆を落としたのですか。だれが南レバノンに高性能爆弾を落としているのですか。いったい世界の中で誰がテロリストですか。アメリカやイスラエルこそテロリストですよ。
 日本はそのアメリカのテロで苦しみました。だから私たちの苦しみを感じ取ることができるはずです」
 現地のパレスチナ人の中には、「アメリカによる原爆投下の犠牲者となった日本人は、今もアメリカを憎み、復讐したいと思っているに違いない。今は武器ではなく、経済力でアメリカに復讐しようとしている。だから日本は自分たちの理解者であり、支援者なのだ」と本気で思い込んでいる人は多い。現実は違う、むしろ政府も多くの国民も親米で、日本を守ってくれる“守護者”だと思いこんでいるというと、怪訝な顔をし、「なぜだ?」と迫ってくる。戦後の簡単な歴史を説明しても、なかなか理解してもらえない。そして「なあんだ、日本はアメリカの味方なのか・・・」と、パレスチナ人の“日本の評価”はがくんと下がる。
 ガザ地区でも日本援助の学校や道路などがいたるところに目につき、概して日本への評価は高い。「日本人だ」というと、笑顔で迎え入れてくれるパレスチナ人は多い。しかし、ちょっと知識のあるパレスチナ人なら、「日本がアメリカの要請でイラクに“軍隊”を送った」ことは知っている。そしてこの春以来の主にアメリカによるハマス新政権への圧力、その象徴的な結果ともいえる公務員への賃金未払いが、パレスチナ人住民の反米感情をいっそう掻き立てた。さらにイスラエルによるレバノン攻撃でのアメリカのあからさまなイスラエル支持が、その反米感情を決定的にしている。それに追随する日本への印象もそれに比例するように悪くなりつつある。

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