Webコラム

日々の雑感 57
パレスチナ・2007年 秋 11

2007年11月1日(木)
“占領者”の心理状態と真の“愛国者”

 検問所で、住民を自由に操る権限を手にするイスラエル軍将兵たちは、18歳から20代前半の青年たちである。そこで“王様”のように振舞う彼らはどういう心理状態なのだろうか。私はかつて元イスラエル軍将校の青年にその質問をぶつけてみたことがある。彼は占領地での体験を振り返りながら、私にこう語った。

 「どこにいようと指一本で思いのまま。どんな車も、進めとか、走れ、右だ、左だ、出て行け、IDを見せろ、とか、18歳の若者が自分の父、母、祖父、祖母くらい年上の人に指図する。ある時点までくると、それが快感になってきます。もうそういう快感の中毒みたいになってしまう。自分が存在するために、それがなくてはならないものになってしまうんです。自分の邪悪な行動をやり過ごすために、自分がやっていることを楽しまなければいけない。自分のやっていることを否定するために、自分の中に沈黙の壁を築いているようなものです、自分のやっていることと正面きって向き合わないように。もし兵役中の一時期でも自分がやっている本当のことに気づいてしまったら、混乱状態に陥り、何もできなくなってしまいますから。いつもやっていた任務ができなくなってしまう。
 軍隊にいた3年間、そして占領地での2年間、今だったらどう考えても正当化できないいろいろな事をやってきたこと思い出すんです。道徳的に、です。そんな時、ぞっとします。そんなに酷い邪悪なことに自分が関わっていたなんて信じられなくて。
 外側ではそれほど酷い邪悪を発散させ、自分の内側では、自分自身でも怖くなるぐらいの暗さと暴力性を潜ませているのです。最初にそのことに気づくとき、ものすごくショックで、ぞっとして、もう何も考えられなくなるんです。でも、それはまぎれもなく自分だと気づくんです。そして同じようなことをやってきた他の友人たちもそうなのです。それが“占領”に潜む野蛮な邪悪です。悪党になるのに慣れきってしまうのです。しかもだんだんそういうことが楽しくさえなってくる。一般市民の生活を支配する権力を持っていることが楽しいのです。18歳やそこらの若者が指をパチンとならして、自分の祖父母くらいの年のパレスチナ人にむかって何でも好き勝手なことを言えるし、何でもできる、その権力を楽しむんです」

 彼は自分たちが占領地での任務によって形成されていく心理と行動パターンがイスラエル社会に影響を及ぼしていく現実を、こう表現する。

 「自分の生活のなかの出来事に以前より無感動、無関心になっていることに気づくんです。自分の周りで起こっていることをののしるようなことはしない。一方、過去を振り返ると、自分がやってきたことがとうてい正当化できるものではないと悟るんです。家に戻って、自分がガールフレンドや家族、それに自分の周りの社会に以前より暴力的になってしまっていることに気づきます。車を運転していても、以前よりずっと運転が荒いことにハッとするんです。
 例えば水曜日にヨルダン川西岸のカルキリヤ町でAPC(兵員運搬車輌)に乗っていて、楽しみだけのために車を轢き潰している。信じてください、車を轢き潰すっていうのは本当に楽しいんです。人がそれが楽しいことだということを認める勇気がないことが問題だと思うんです。私たちはそのようなゲームを楽しみました。手榴弾を発砲するのも楽しいんです。ハイになりますよ」

Q. 兵役の最初からそうなんですか。それともだんだんそういうふうになっていくんですか?

 「任務中通してずっとそうです。話を戻しましょう。水曜日はカルキリヤ町でパレスチナ人の車を轢き潰して、木曜日にはイスラエルの街カフルサバの実家に帰る。カルキリヤ町からほんの6キロほどの距離です。そこで自分が赤信号で止まったりするわけがない。どうして止まりますか? もし、誰か私のこの疑問に答えてくれたら、もう私の問題の半分は解決できたことになります。これが1つの例なんです。私たちが暮している2つの異なった現実の間にはものすごく大きなギャップがあります。そして私たちはそれぞれの現実を生きる2つの全く違った人格を持っているのです」

Q. そんな2つの違う人格を同時に持てるんですか?

 「いいえ、同時に2つの違う人格を持つなんてできません。生活のなかで、そのことに気づくんです。以前よりずっと怒りやすくなっている。以前よりずっと辛抱できなくなってる。エルサレムの旧市街を歩いていると、まるで兵士として銃を持って歩いているような気になってくる。自分に向けて手榴弾が投げつけられるのではないかと、周りの窓を詮索しながら歩いている。そういう自分から逃げられないのです。道で出会うあらゆるパレスチナ人を、無意識に捜索するような目で追っている。そういう自分自身からどうしても逃げ切れないのです。でも兵士として任務に就いているときはわからないものです。任務から離れた後、初めてそのことに気づいて、理解できるようになるんです」

Q. あなたは、「イスラエルが自ら占領地で行っていることが、イスラエル社会に深い影を落としている、いっそう暴力的な社会になっている」と言いましたが、具体的にどういうことですか?

 「ちょっと新聞を広げて見れば、夫が自分の妻を殺す事件や通りでのレイプ事件、さらに交通事故などがどれほど多いかすぐにわかります。社会がストレスに満ちているんです。それは秘密でもなんでもないことです」

Q. どうしてそれが、占領が社会に及ぼした影響だと思うんですか?

 「私は心理学者ではありません。ただ自分や、自分の友人たちを見ていてわかるんです。あの占領地で起こったことから生き残れるのだったら、車で180キロのスピードで走っても生き残れる、と心の底から思えるんです。どんなことでも生き残れるという感じです。インドでも生き残れる。実際そういう人達に会いましたから。LSD(幻覚促進剤の麻薬)を吸ってバイクを乗り回していた奴もいます。占領地で生き残れるのなら、どんなことでも生き残れるからです」

 イスラエル国内で“占領”に反対する国民は少なくない。その理由の1つは、この元将校のように、“占領”がイスラエル人の道徳観、倫理観を破壊し、イスラエル社会そのものを蝕んでいくという危機感があるからだ。そして、もう1つは、“占領”そのものが、“占領される側”つまりパレスチナ人のイスラエル国家と国民に対する憎悪と復讐心を増幅し、それが結局、イスラエルの“セキュリティー”を脅かす大きな要因となってしまっているという危機感である。
 つまり“占領”に反対するイスラエル人たちは、イスラエル国内の右派や極右勢力が罵倒するような「裏切り者」「非国民」ではなく、実は、イスラエル国家の存在とその倫理を守るために立ち上がった真の“愛国者”たちということになる。
 ということは、私たちのように日本でイスラエルの“占領”を糾弾するジャーナリストは、イスラエル当局が忌み嫌う「反イスラエル分子」ではなく、「真の意味でイスラエルを支援するジャーナリスト」として、むしろイスラエル当局に感謝されるべき存在なのかもしれない。

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