Webコラム

日々の雑感 70
「日の丸・君が代の強制」とたたかう根津公子さん

2008年2月20日(水)

 昨年秋のパレスチナ取材以来、「日々の雑感」の執筆を怠ってしまった。パレスチナの取材現場では、「この現実を日本に伝えなければ」という思いから、あれほど長い文章を毎日書き送ることが少しも苦痛でなかったのに、日本では、パレスチナ取材の映像化と文章化、遅々として進まないドキュメンタリー映画の編集作業や5月に出版予定の「元イスラエル軍将兵たちの“加害”証言」の著書の執筆、また雑誌記事の執筆などに追われて、どうしても日々のコラムを書く精神的そして時間的な余裕を失ってしまう。もちろん伝えたい事象がないわけではない。感動したテレビのドキュメンタリー番組、日本の内外の出来事への苛立ちなど、言いたいことはたくさんあるのに、それを論理的に整理し文字化する心のゆとりを失っているのだ。
 しかしこのまま「日々の雑感」の更新もせずにやり過ごしていると、私のホームページにアクセスしてくれる読者はいなくなってしまう。それも悔しい。それに自分の日々の思いを刻み残すことで、自分の生きてきた軌跡を自分自身のために記録しておきたいという欲求もある。そういう様々な動機から、あまりまとまったものにならなくても、日々、心をよぎった思いを、気負わず自由に書きなぐっていこうと思う。

 「日の丸・君が代の強制」に反対したたかう東京都の教員、根津公子さんの取材を開始して、この2月でちょうど1年になる。2007年2月14日、当時の根津さんの勤務先だった鶴川のある民家で、私は初めて根津さんにインタビューした。根津さんが教員を目指すまでの道、教員生活の歩み、とりわけ“教育の原点”に最も近づけた石川中学校時代の教員生活、その後の東京都と市の教育委員会による執拗な弾圧、教育委員会や学校側に取り込まれた保護者や生徒たちからの嫌がらせ、それに押しつぶされそうになりながらもたたかい続けた日々……、インタビューは4時間近くにも及んだ。その内容をまとめた原稿を、今回このコラム欄に掲載する。
 私が根津公子さんの取材を思いたったのは、昨年1月だった。長年、“パレスチナ”など遠い海外のテーマを追い続けてきた私は、急激に右傾化していく日本社会の現状に沈黙したまま、遠い問題ばかりを追っていていいのかという自問と焦りに悩んでいた。ちょうどその頃、ある集会で手にした冊子の中にあった根津さんの講演記事が目に止まった。卒業式の「君が代斉唱」の折、周囲のさまざまな事情や圧力から「最初だけ起立する」と決めた根津さんの脳裏に、セピア色の写真が蘇ってくる。それは中国大陸で初年兵が上官の命令で中国人民間人を銃剣で刺し殺す「肝試し」をさせられる映像だった。「自分も上官の命じるままに無辜の市民を殺めるあの初年兵になってしまう」という思いに襲われ、根津さんは座り込む。その根津さんの“真っ直ぐさ”が私の心を衝いた。「この人を追ってみよう」と思った。4時間近く、根津さんの話を聞きながら、「根津さんについて私が伝えるべきなのは、『日の丸・君が代の強制』とたたかう “活動家”像ではなく、人間・根津公子のその凛とした“生き方”なのだ」と直感した。
 その後、昨年春の卒業式、6ヵ月停職中の学校前での座り込み、根津さんの公開授業(家庭科)、東京都庁前での抗議活動、根津さんの運動を支援する集会、ご自宅での私生活などの撮影を1年に渡って続けてきた。どこに発表すると決まっているわけではないが、とにかく今しか撮れない映像を撮り貯めておくことを目標にしている。
 今、その根津さんが、3月の卒業式を待たずに東京都教育委員会に「免職」される危機に立たされている。
 根津さんが8年以上、学校の職場で着ているトレーナーの、日の丸・君が代強制を訴えるロゴ(OBJECTION HINOMARU/ KIMIGAYO)のためである。6ヵ月の停職処分後、昨年10月から根津さんが勤務する都立南大沢学園養護学校の校長が、「生徒指導のときに着用するのは不適切」「学習指導要領に反対を唱えるのは学校現場ではふさわしくない」として、「職務専念義務違反」と根津さんに通告した。その後、校長は「職務命令違反」として都教育委員会(以後「都教委」)に報告したため、根津さんは2月中旬、事情聴取を受けた。
 都教委に対して根津さんは公開質問書を出した。

 「私は校長が職務命令を出したとは認識していない。当事者に発出したことが伝わらない職務命令が、職務命令として有効なのか」

 「自分はトレーナーを着用していても、一生懸命仕事に当たり職務に専念している。それでも職務専念義務に違反するのか」

 「日常的に居眠りをしている校長は職務専念義務違反にならないのに、なぜ一生懸命仕事をしている自分がその違反なのか」

 「このトレーナーを何年も勤務中に着てきたが、それを禁止したり事故報告をする校長はこれまでいなかった。他にも東京だけでなく全国にこのトレーナーを着用している教員がいるのに、なぜこの校長だけがこのようなことができるのか。その根拠、基準は何なのか」

 といった内容である。
 これに対して都教委は「ご質問のすべてについて回答することはできません。これが回答です」と回答してきたという。

 2月14日、都教委の定例会で、根津さん「免職」の決定が下される可能性が濃厚となったため、根津さんとその運動を支援する人たちが都庁前に集った。私もカメラを持って現場にかけつけた。私は初めて都教委の定例会を傍聴したが、根津さんの処分は、一般傍聴者や報道陣を追い出した密室で決められるという。根津さんと支援者たちは、都庁の教育関係部署の幹部たちに申し入れをするために、立ち入ろうとしたが、入り口で20人近い職員と警備員たちに阻止された。立ちはだかる幹部たちに、根津さんは「仕事を奪われる私は必死なんです。なぜ懲戒処分にされる可能性があるのか、責任者に直接、問いただしたい。中村教育長に会わせてください!」と激しく詰め寄った。しかし職員や幹部たちは押し黙り、根津さんたちの前に立ちはだかるばかりだった。

 幸い、この日の都教委の密室会議では、「免職」の決定は出なかった。おそらく明日の定例会でその決定が下される可能性は濃厚である。都教委としては、3月の卒業式でメディアが注目するなかで、根津さんが「君が代斉唱」で不起立を貫き通し、「職務命令違反」として「免職処分」にすることの反響・批判の大きさを恐れ、それ以前に、「免職」に追い込み、その反響を最小限に食い止めたいという狙いがあるのだろう。

 今の日本の異様な右傾化に「おかしい」と異を唱える者を容赦なく権力で押しつぶしていく。その実例をまざまざと目の当たりにする思いがする。

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