Webコラム

日々の雑感 72
ドキュメンタリー映画「靖国」を観て(1)

2008年2月28日(木)

 試写会でドキュメンタリー映画「靖国」を観た。自分自身がパレスチナ・イスラエルに関するドキュメンタリー映像を編集している最中だったから、その映画作りに何かいいヒントを得られればという思いからだった。

 この映画は1963年生まれで、来日して19年になる中国人監督、李纓(リ・イン)氏(45歳)の作品である。2時間のこの映画の前半は、敗戦60周年目に当たる2005年の8月15日の靖国神社で繰り広げられる「奇妙な祝祭的な空間」を淡々と映し出す。旧日本軍の軍服を着て「天皇陛下万歳!」を叫ぶ老人たち、神社前まで行進して整列し、祭壇に向かって最敬礼をする自衛隊員たち、敷地内のベンチで戦死した親族の思い出話をする2人の老婦人、屋台で酒を交わしながら小泉首相の靖国参拝について議論する男たち、「(靖国参拝する)小泉首相を支持します」という日本語のプラカードと星条旗ともって境内に現われたアメリカ人、それに礼を言う男たちと、「ここで英霊となって眠る日本軍将兵たちを殺した張本人の国の国旗を、この神聖な場所で掲げるとは何事だ!」と詰め寄る男たち・・・、「靖国」を象徴するシーンなのだろう。映画「蟻の兵隊」(敗戦後も日本軍司令官の密約によって中国で共産党軍と戦うことを強いられた元日本軍兵士を追ったドキュメンタリー)も、8月15日の靖国のこの光景から始まっている。

 その靖国の「奇妙な祝祭的な空間」(パンフレットより)の光景に、私は正直、嫌悪感に襲われる。旧日本軍の軍服に身を包み、行進するあの日本人たちが、日本の侵略戦争で犠牲にしてしまった1千万単位といわれるアジアの民衆の苦しみと痛みに対する“想像力”などほとんど持ちえず、また無意味に死に追いやられた日本軍将兵たちの無念さと怒りに想いをはせることもなく、自ら演じる「愛国者」像に自己陶酔しているように私には見えるからだ。

 この映画では、敗戦記念日に靖国神社で繰り広げられるその「愛国」劇が延々と続く。私は時計に目をやり、もう映画の半分近くになっているのを知り、「映画はこんなシーンだけで終ってしまうのか」と少し失望めいた感情に襲われ始めた。これでもかと言わんばかりにあのシーンを見せる作り手の意図を読み取れたような気になったのは、後半部分に入ってからである。

 半分を過ぎたあたりから、“日本の侵略戦争の犠牲となったアジアの視点”“中国人・李纓監督の視点”そして“理不尽に戦争に駆り立てられ、肉親を失った日本国民“がはっきりと前面に出てくる。かつて「日本兵」にさせられ戦死を強いられた台湾の原住民、高砂族の「元日本兵」の遺族女性が「肉親たちの“魂”を祖国に返せ!」と靖国神社の宮司たちに詰め寄る。また真宗大谷派のある僧侶は、人の生命と尊厳を守ることが使命である僧侶の職にあった父親が兵士として戦場に送られ、“人殺し”を強いられた末に戦死させられた。その息子であるその僧侶が、自らが招いた戦争で多くの国民を死に追いやった国家と天皇の責任を「叙勲」というシステムによってあいまいにする狡猾なやり方を告発する。

 そして圧巻だったのは8月15日の靖国神社での式典のシーンだった。「君が代」斉唱の中、突如現われた中国人青年が「日本の侵略戦争の歴史」を大声で告発し、日本人に袋叩きにされる。連行される2人の中国人青年を追いかける日本人の男が、「中国人は中国へ帰れ!中国へ帰れ!」と連呼し続ける。それを中国人の李纓(リ・イン)のカメラ(監督自身の撮影ではなかったのかもしれないが、あの映像は中国人監督の思いが乗り移ったような気迫がある)が執拗に追い続ける。警官に囲まれ、血まみれになりながらも、日本の中国侵略の歴史とそれに深く反省することせず戦犯が祭られるこの靖国神社に参拝する小泉首相を糾弾し続ける、その凛とした中国人青年からカメラは離れない。激しく抵抗する青年を多数の警官たちが力づくでパトカーの中に押し込め、連行していく。走り去り小さくなり、やがて見えなくなるまでカメラはその青年を乗せたパトカーを映し出し続ける。そのシーンに、私は初めて監督、李纓氏の“中国人としての煮えたぎる血”を目の当たりにする思いがした。

 そんなシーンの後、靖国をめぐるさまざまな映像を観続けてきた私たち日本人観客の前に、荘厳な音楽の中で、戦時中の記録写真が次々と現われ、消える。日本兵が刀で中国人の首を切り落とす写真、その首を手に持って誇らしげに笑う日本兵、中国人の腹を切り裂いて笑う兵士、破壊し尽くされた南京に入場行進する日本軍の隊列、占領した陣地で万歳を三唱する映像が次々と映し出される。これまで何度も目にしたことのある記録写真や映像のはずなのに、それが今初めて目にする写真であるかのように、日本人の私の胸に突き刺さる。なぜか。それはたぶん、あの8月15日の靖国神社のシーンに登場する、「愛国者」の自画像に陶酔する日本人たちの姿を嫌というほど目に焼き付けられ後だったからだろう。それとはまったく両極端にある写真や映像を観て、そのあまりに強烈なコントラストに衝撃を受けたのだ。(つづく)

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関連サイト:映画『靖国 Yasukuni』公式サイト

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