Webコラム

臼杵陽インタビュー(1)
「なぜガザは封鎖・大量殺害されるのか」より

2008年3月28日(金)

今日から3回にわたって、3月15日のパレスチナ緊急報告「なぜガザは封鎖・大量殺害されるのか」での臼杵陽(うすき あきら)・日本女子大学教授のインタビューを掲載する。(臼杵陽氏の紹介サイト

【ガザ侵攻 イスラエル側の背景】

臼杵:やはり、オルメルト政権の末期的症状と言いますか、まさに政権の過剰反応が、前のレバノンの侵攻に続いて今回も、露骨な形で表れたということでしょう。オルメルト政権が危機的な様相を呈しているというのが第一印象でした。

土井:危機的とはどういうことですか?

臼杵:ようするに、今オルメルトにとって一番深刻な問題はイスラエルの安全保障体制が、抜本的に崩れつつあるという意識ではないでしょうか。レバノンで失敗した、そしてガザでもこういう事態が起こるということ。つまり、カッサム・ミサイルも阻止できないようなイスラエルの脆弱な防衛体制──いわゆる括弧付き「テロ」に対して何ら有効な防御もできない。そのことをかなり深刻に受けとめているのではないか。だから過剰な反応に出ているのではないか、というのが一番大きな印象でしたね。やはりこれは2001年の9.11事件以降の「対テロ戦争」という、いわゆる「予防的な戦争」において、ミサイル一つであっても止められないことは、相当に深刻な事態として受けとめているのではないでしょうか。

土井:それはイスラエル国民がですか?

臼杵:国民もですが、とりわけ指導者のほうがそうだと思います。これは2001年以来ずっと課題であった「テロ」をどうやって封じ込めるかという問題にまったく答えられていないということを意味しているわけです。その点で1つの漏れも許さないという意識が、オルメルトの頭のどこかにあるのではないか。だから緊急事態に対する過剰な報復を行なった。その意味では2001年以来の流れを辿ってみると、まさに最終的な、究極の局面という感じがしたわけです。

【第2次レバノン戦争との関連】

臼杵:今回レバノンでは、予算削減による予備役の動員体制の問題などがもろに表面化したわけですよね。つまり軍備費の削減、動員に関する問題が明らかになっている。国民もそれに対してかなり不満を持っていたということがあります。だからこそレバノンに対する攻撃には国民はOKを出すわけです。しかしイスラエルの防衛そのものの体制が問題になっているので、今回はそのレバノンでの失敗をガザで埋めるという、「埋め合わせ」という側面がかなりあると思います。でも、結果的には阻止できていないのだから、泥沼の方向、つまり「報復の泥沼化」というよりはむしろ“イスラエルそのものの泥沼化”という方向へ向かっているという感じがしています。1発のミサイルが、たとえイスラエル南部に落とされたとしても、それは下手をすればテルアビブが射程距離に入るのではないかという恐怖心がある。それはあくまで「程度の差」であり攻撃を受けているという本質的なところでは何も変わらないというのが、おそらくイスラエル国民の意識ではないかと思います。その“恐怖心”、つまり“テロに対する恐怖心”というのは依然としてあり、むしろより一層高まっているという感じですよね。

土井:それは第2次レバノン戦争の影響ですか?

臼杵:レバノン戦争の影響があるし、また「ガザの封じ込め」がどのような結果を生んだかということは、国民が一番良く知っているのではないかと思います。だからこそ逆に、“恐れる”ということになるのだと思いますし、「オルメルトのやり方を全面的に支持する」、いわば「殺戮を容認する」ような空気というものが生まれてくるのではないかと思いますね。

【住民の大量殺害を容認するイスラエル内の空気】

臼杵:これは“テロに対する恐怖心”そのものです。イスラエル国民の中で“違い”を強調する方向が増えていると思うんです。つまり、西岸とガザは明らかに違うという見方です。「ファタハとハマスは違うんだ」という部分が出てきていて、アッバスが率いるファタハに対する、信頼とは言えないが、少なくとも、かろうじて繋がっている糸がある。一方で「ハマスはテロリストの代表」だという見方がある。このパレスチナ人に対する見方の分極化、二極化の対比の中で、より一層ハマスに対する「テロリストという位置づけ」がどんどんと強まっていき、ハマスに対する攻撃にはもうなんの痛みも感じない。こういったパレスチナ人を分断するような意識がイスラエル人の中に生まれてきているのではないかと思います。だからこそイスラエル国民は、あのようなガザへの攻撃を容認できる。国民の意識の中にイスラエルに従順な「良いパレスチナ人」と、反抗する「悪いパレスチナ人」がいて、その「悪いパレスチナ人」に対しては一切の妥協はしないという意識が表面化してきている気がします。

「ガザの住民はハマスを支持している。つまりテロリストと一体なんだ」「民衆もテロリストになる可能性があり、潜在的なテロリストなんだ」という“メッセージ”としてイスラエル国民は受けとめているのではないかと思います。だからハマスとガザ住民を区別する必要性を感じないということなのではないか。おそらく政治家や専門家、ジャーナリストなど知識人には例外はあるかもしれないけれど、一般民衆にとっては「ガザはガザ」と、一体として捉えている感じはします。そうでないとそういうイスラエル軍の行動を容認する風土のは出てきませんから。

【イスラエルの右傾化】

臼杵:長期的に見れば「オルメルト政権は、次の長期政権への“繋ぎ”と見られてきました。しかし「オルメルト後」が見えてこない。仮にリクード政権にまた戻っていく、つまりネタニヤフ政権になるとしても、政策はそれほど変わらない。だから選択肢としてはあまりない。いずれにせよ、今は右派を取り込まなければ政治が動かない状況があるなかでは、オルメルト政権がしばらく続くでしょう。つまりイスラエル社会全体が右傾化しているなかで、誰が首相になってもあまり政策は変わらないという空気がある。右よりの「中道」政党が主流である以上、左派、労働党が政権を取る可能性はほとんどない。実際問題として、労働党時代にはたくさんの問題があったわけで、それが今はっきりとした形となってオルメルト政権が誕生してきたわけですから。

右派が強くなるのは、やはり安全保障が重視されるからです。「テロ」が起これば起こるほど、国家の安全保障はきちっとやれという空気が強くなる。それは右派の最先端、急先鋒である“極右”がそれを引っ張っている。引っ張っている政治組織への支持は少ないかもしれないけれども、それは一番先鋭的な部分、いわば氷山の一角です。しかしそれは、水中に隠れていて見えない右傾化した国民の意思が、その氷山の一角として現われているのが右派だと思います。

その状況がどうやったら変わるのかとなると、少なくともガザ地区やレバノンの今の状況を見る限り、「変わらない」と言えるのではないか。やはり「テロに対する恐怖心」が、深く国民の中に浸透しています。

その中で一つの問題としてあるのが、今回、神学校に対して攻撃を行なったのがイスラエルのアラブ人だったということです(注:2008年3月6日、西エルサレムのユダヤ教神学校に侵入した男が銃を乱射し8人が死亡した)。つまりイスラエル国民のパレスチナ人です。(ニュースでは「Israeli Arab」という言い方をしています。東エルサレムのアラブ人にはそういう言い方をしないので、恐らく「イスラエル国籍を持つアラブ人」ではないかと思います)そうなると、これから問題になってくるのが、イスラエル国内で右派が勢いづくことです。「イスラエル国民の20%を占める“イスラエル国籍を持つパレスチナ人”の追放」といった問題が出てくる可能性がある。いわば国内の「潜在的な敵」──古典的な表現を使えば第五列と言われる──「敵としてのアラブ系イスラエル人」の問題が前面に出てくるようになる。イスラエル系アラブ人(イスラエル国籍を持ったパレスチナ人)とガザを繋げるような議論を展開しながら、同時に西岸を繋けていく、その3つの「自分たちの敵」──つまり外側の敵であるガザ、西岸、さらに内側の敵であるイスラエル国民のアラブ人や東エルサレムのパレスチナ人が敵として繋げられ、それを前面に押し出すことで、国内の危機感を煽る。それによってイスラエルの「国民的な結束」を固めていく──それが右派の戦略だと思うのです。

臼杵陽インタビュー(2) につづく

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