Webコラム

日々の雑感 146:
ハマス批判報道をどう見るか

2009年2月6日(金)

 日本から次のようなメールが届いた。

 日本では、今、またBBCくらいでしかガザの情報や掘り下げた情報は得られない感じです。NHK BS1の『今日の世界』は頑張って報道を続けているのですが、2月5日放送では、F2(フランス・ドゥ/フランスの国営テレビ局)による「ハマス 市民を盾に」というタイトルの、ガザにおけるハマスの市民弾圧のニュースを紹介していました。それは、以下のようなことを伝えているニュースでした。

  • ハマスがイスラエルの攻撃の間、市内の病院を拠点にしていたこと。
  • 墓参りに行く様子を映し、「この墓地に眠るのはすべてがイスラエル軍の空爆によって亡くなったわけではありません。ハマスに反対し、弾圧された人びとの墓もあるのです」との解説。
  • ハマスは病院に作戦本部を置いていたこと。
  • イスラエル軍によって破壊された病院で、救急隊員が「市民であろうと、武装した人であろうと治療しました」とF2に証言したら、ハマスがその病院に居たことを証言してしまったということで、その救急隊員が解雇されたこと。
  • 「なにもかも管理しようとするハマス」との解説。
  • 1月6日に破壊されたオレンジ畑で29人の市民が亡くなったことも、ハマスの演出で「民間人しかいなかった」と虚偽の証言をさせたり、人数を60人と公表したりしていること。
  • 「ガザにはハマスの決めた真実しかない」とのナレーション。
  • 「ガザに民主主義、言論の自由は無く、ハマスの監視だけがある」と解説。

 メールの中に列記されているF2のハマスに対する指摘のうち、私自身が現地で取材して確認できているのは、最後の指摘にあるような「現地ではハマスに批判的な発言をするのは難しい」ということだけだ。
 「市民を人間の盾にしていた」という主張は、2006年、イスラエル軍がレバノンのベイルート空爆で民間人1000人以上を殺害したときにもイスラエル市民が使った「言い分」だし、今回1300人の死者と4000人近い負傷者(大半は民間人だと言われている)を出したガザ攻撃を擁護するイスラエル市民の主張だ。しかし世界一人口密度の高い地区で、しかもハマス戦闘員は、日常は一般人の中で社会生活を送っているので、民衆とハマス戦闘員を峻別することは不可能に近い。そういうガザ地区の現状を考慮せずに「市民を人間の盾にしていた」と主張するのは、この無差別攻撃を支持し、イスラエル側の言い訳を意図的に擁護しようとする報道かもしれない。
 「病院内でのハマスの作戦」「それを証言したスタッフの解雇」は、私自身はまだ取材できていないので真偽はわからない。「被害人数の水増し」については、被害者数がすでにパレスチナ人権センター(PCHR)や「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」など人権擁護団体やUNRWAなどで発表されているので、「水増し」すればすぐにばれてしまうだろう。実際、ハマス側が「水増し」しているのかどうか、私自身は確認できていない。

 “ハマス批判もできない恐怖政治”の現実については、イスラエル軍の攻撃が続いていたときには、目の前にイスラエル軍という大きな、そして共通の敵がいて、ガザ住民はそのことに注意を向ける余裕さえなかった。しかしイスラエル軍の撤退後、この問題がまた大きなパレスチナの内部問題として表出してきている。
 こんな例え話を挙げるとわかりやすいかもしれない。
 「夫の家庭内暴力に苦しんでいた妻が、ある日に武器を持った強盗に襲われ、一時はその恐怖と怒りがあまりにも大きく夫の暴力について忘れ、夫と心を1つにして共にその強盗対策に協力した。しかし、強盗が立ち去った後、また夫の暴力が妻を悩ます最大の問題になってきた」
 家族を失なったり家を破壊された被害者たちに、「この攻撃のきっかけを作ったハマスへの怒りは?」と訊くと、カメラの前では一様に、「いやハマスに責任があるのではなく、イスラエルのせいだ」と応える。しかしカメラを回さないところでは、ハマスへの怒りを正直に語る者もいる。なぜか。ハマスへの恐怖だ。ハマスに批判的な発言をしたために弾圧された例はたくさんあると人びとは言う。そんな状況のなかで、カメラの前でその現実を語ることはとても危険なことなのだ。私自身、取材の中で私のカメラの前でハマスへの恐怖心の証言を得たのは1例だけで、ハマスに身内を殺された遺族へのインタビューの中でだった。

 ただ問題なのは、ハマス批判の報道をイスラエル軍の攻撃と並列し、あたかも「だからイスラエル軍の行為は、パレスチナ人民衆のためでもあったのだ」という論理へすり替えかえようとする意図が働く場合である。イスラエル国内での報道はもちろんのこと、欧米の報道のなかにもそういう傾向を感じさせるものがある。たとえ伝える側にその意図はなくても、伝え方、そしてそのタイミングによっては、そういう報道が“イスラエル軍の犯罪性”を見えにくくし、ときには“免罪符”に使われてしまう危険性がある。
 ガザ地区における“ハマスによる恐怖政治”は隠しようもない事実である。しかし、それはイスラエル軍の攻撃の犯罪性を軽減するものでは決してない。まったく次元の違う問題である。
 さらに言えば、その“ハマスによる恐怖政治”を生み出した根源には、イスラエルの“占領”という現実があり、またパレスチナ人住民が民主的な選挙でハマスを選んだことに対し、「中東の民主化」を叫ぶ欧米社会や日本が経済封鎖という“懲罰”を加え、ガザ地区を窒息状態にしてきた現実があることを絶対に忘れてはならない。つまり、パレスチナの現状の“問題の構造”をきちんと捉え、“ハマスの恐怖政治”とイスラエル軍の攻撃、さらに“占領”の実態の位置づけを見誤らないようにする必要があるのだ。

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