Webコラム

日々の雑感 264:
被災地に来た若者たち(2)

2012年4月29日(日)

 現在、「エマオ」のボランティア活動のまとめ役の1人、堀田暢さんは20歳。ボランティア活動を初めて、もう1年になる。ここへ来た当初、彼が一言しゃべったことがボランティア仲間の間で話題になるくらい口数の少ない青年だった。しかし1年後の彼は、後輩のボランティアたちに適格なアドバイスや指示を出す、みんなに信頼されるリーダーに成長した。
 堀田さんは高校時代から社会問題、とりわけ労働問題、貧困、外国人差別等に強い関心を持ち、その分野の本を読みあさり、講演会や集会にも参加してきた。社会学を学ぶため、大学受験は一ツ橋大学をめざしたが、失敗。浪人を決めた。予備校に通う道を選ばず、飲食店でアルバイトをしながら独学する道を選んだ。しかし1ヵ月ほどで受験勉強に疑問を抱き、社会問題や国際問題の本の読書にふけった。1年後の受験をめざし勉強する友人たちに「置いていかれる」という焦りや不安がなかったわけではなかったが、「大学に進まないと自分で決めたんだ」という自負が自分を支えた。
 1年後、堀田さんは、再受験はせず、貯金した金で海外へ旅に出る決心をした。しかも選んだ先は、欧米諸国ではなく、「日本の過去の戦争犯罪の跡」を観て回るため、アジア諸国を選んだ。シンガポール、マレーシア、ビルマを周り、アジアに進出した日本の工業団地の実態を知るためタイやベトナムにも足を延ばした。
 しかし1ヵ月半のこの旅の間中、ずっと堀田さんの胸に引っかかっていたものがあった。それは東北の震災だった。
 2011年3月11日、シンガポールに向けて旅立つ直前、関西空港でチェックインしている最中、激しい揺れを感じた。チェックインを終えた直後、テレビに映し出されたのは、千葉の石油コンビナートが燃えている映像だった。
 「こんな緊急時に旅なんかしていていいのか。現地へ行って救援活動をすべきではないか」という思いが、その後の旅の間中ずっと、堀田さんの脳裏から離れなかった。
 4月下旬に帰国するとき、「少なくとも旅と同じ期間、ボランティア活動をしよう」と心に決めた。ボランティア先をインターネットで探していたとき、目にとまったのが「エマオ」だった。

 他人とのコミュニケーションがあまり得意ではなかった堀田さんは、その実直な行動で、ボランティア先の地域の住民たちとの信頼を築き上げてきた。震災直後、「調査員」を装った盗賊の被害を受けた苦い体験を持つこの地区の住民たちは、無償で働くという「ボランティア」の概念が理解できず、支援の申し出を当初はいぶかった。堀田さんも最初は警戒されて、家の中での仕事はさせてもらず、庭や田畑でのボランティア活動に限られていた。しかし、やがて彼の仕事ぶりと真っすぐな人柄に地元の人たちも心を開き、家の中の片付けも彼に任せるようになり、食事や酒の場にも呼ばれるようになった。今では、もう家族のような付き合いだ。
 堀田さん自身も、ボランティア活動を続けるなかで変わっていった。
 「どういう人がどういうふうに生活していたのかと想像しながら作業するようになりました。無心に手を動かしていると、活動の目的を見失い、地元の人のためにならないことをしてしまうのではと心配になります。だから自分が当事者だったらどうしてもらいたいのかと考え、想像するんです」

 地域の人たちといっしょに仕事をするなかで、堀田さんはペンキの塗り方や大工作業も学んだ。しかし何よりも貴重な学びは、“人と人とのコミュニケーション”の大切さだった。「人とどう関わっていくのか、人と人との信頼関係とは何か」を、作業をしながら教えられ、信頼されるためには責任感が不可欠であることも学んだ。
 「高校を卒業して2年ですが、もっと長かったような気がします。普通の大学での2年間より、この2年で得られたものがずっと大きかったと思います。あの時、受験をしないという自分の判断は正しかったと思うし、劣等感はありません。発信する立場になり、自分の言葉と思いを自信を持って伝えられるようになりました。自分の言葉の背後にあるものが大きいんだという自信ができ、今まで言えなかったことが、自信を持っていえるようになったことが一番の変化です」
 これから、何を大切にして生きていきたいかという私の問いに堀田さんは、しばらく考えた後、こう言った。
 「漠然としているけど、実際に顔を合わせて話ができる人、近くにいる人との関わりですかね。相手を想う心、いろいろな想い方があると思うけど、簡単に言えば“思いやり”というんですかね。相手が大切にしていることを、自分も大切にする。自分が大切にしたいものがあってこその話ですけど」

 高校卒業後、多くの若者のようにそのまま大学進学することはせず、アルバイト、独学、海外の旅、そして1年間のボランティア活動と、世間から見れば「回り道」に見える生き方を自ら選んできた。その堀田さんが今いちばん欲しいものは「自分が覚悟を決められるレール」だ言う。
 「これまで、レール、路線に沿って生きてこなかったという気持ちはあります。ただこれからは自分の想像の中でも道があればなあ、自分が覚悟を決められるレールを引きたいなあと思うんです。将来のことを想像もできずに生きるのもしんどいですし、覚悟を決め切れていないところもあるので、人生の道のりを決めたいなあというがあります」

次の記事へ

ご意見、ご感想は以下のアドレスまでお願いします。

連絡先:doitoshikuni@mail.goo.ne.jp