Webコラム

ガザからの報告(2014年夏)
(7)破壊されたパイプ製造工場

2014年8月7日(木)


(破壊されたパイプ製造会社「ヤセル・ラムラウィ」の工場)

 イスラエル軍の地上侵攻直後から激しい攻撃にさらされ、多数の死傷者を出し、多くの住居が破壊されたガザ地区北東部ベイトハヌーン町。その南部にガザ地区最大の工業地帯が広がる。ここもイスラエル軍の攻撃の対象となった。
 パイプ製造会社「ヤセル・ラムラウィ」の工場はその象徴的な一例である。社長のナセル・ヤセル・ラムラウィ(35)がその工場へ私を案内した。中に入ると高さ十数メートルはありそうな高い天井が砲弾によって蜂の巣のようになっている。その開いた穴から光が射し込む光が暗い工場を薄明かく照らし出している。奥行き100メートル近くありそうな閑散とした工場の中に目を凝らすと、焼け残った生産ラインの機械が点在し、床には焼けて黒い炭のようになったパイプの原材料が一面を覆っていた。
 1987年に1台の機械から始まったパイプ製造会社「ヤセル・ラムラウィ」は、次々と技術開発と改良を重ね、電気配管や水道配管、さらに農業かんがい用のパイプや下水設備のパイプなどさまざまな種類と口径のビニール製パイプを製造するガザ地区内で1、2を争う大企業に成長した。砲撃を受ける前は50人近い従業員をかかえ、年間360万シェケル(約1億円)の収益を上げていた。
 その最大の生産拠点だったこの工場がイスラエル軍の攻撃を受けたのは、地上侵攻が始まってほぼ1週間後の7月25日の早朝7時ごろだった。燃え易いプラスチックの原材料はもちろん、イタリアやドイツ、カナダなどから輸入した1台25万ユーロ以上(3000万円以上)もする高額な生産ラインの機械類も焼けてしてしまった。生産ラインの1つは2011年にイスラエルから輸入したが、イスラエル軍当局がこの機械を1年間、ガザ地区に搬入することを許可しなかった。1年後にやっとガザに搬入が許されたが、使い始めて半年後、この砲撃による火災で焼けてしまった。
 社長のナセルはただちに赤十字国際委員会に対し、民間企業への攻撃を止めるようにイスラエル軍への仲介を嘆願したが、工場が完全に焼失するまでイスラエル軍の攻撃が止まることはなかった。


(ナセル・ヤセル・ラムラウィ社長)

 なぜ民間のこの工場が標的にされたのか。

 「私はその問いに答えることができません。実は2009年のガザ攻撃以前は、工場は他の場所にあったのですが、その時のガザ攻撃で破壊されてしまいました。その後、工業地帯のこの場所なら、イスラエル軍も攻撃を控えるだろうと思ってこの場所に工場を再建しました。
 元々、この工場地帯はイスラエルがガザを撤退する前に、イスラエルによって建設されました。だからこの地区一帯に工場が集中したんです。だからイスラエル軍の標的になるはずはないと思っていました。しかしイスラエルは民間施設と軍事施設の区別なく攻撃し破壊したんです」

 おそらくイスラエルは「この地区からカッサム・ロケット弾が発射されたから」「この工場でカッサム・ロケットが生産されているか可能性があるから」と主張するだろう。それに対してどう反論するのかと私はナセルに訊いた。すると彼はこう答えた。

 「イスラエルは何とでも攻撃の理由付けをするでしょう。しかしここで何が生産されているか誰もが知っていることです。ここで生産されていたのは、民間用ビニールパイプなんです。これは周知のことでした。万が一この近くからロケット弾が発射されても、それがこの工場を標的にする理由にはなりません。国連の決議の中にも、たとえ誰かが民間施設の近くから攻撃をしても、その地区全体を標的にする理由にはならないと明記されています。この工業地帯は民間施設の地域なのです」

 この工場を再建するには250万~300万ドル(約3億円)の費用と1年半から2年の歳月が必要だとナセルは推定する。どこからその資金を捻出するのかと訊くと、ナセルは苦笑しながら「わからない」と答えた。

 「この工場建物はできるかぎり再建し機械類は再輸入して、できるだけ原状回復するつもりです。でももっと重要な問題は、大家族を養っていたこの工場の従業員35人のことです。他にも従業員がいます。ここは製品の最終生産段階の工場ですが、その素材を準備する工場がガザ地区の他の場所にあり、そこにも従業員がいます。彼らと家族が路頭に迷わないために、できるだけ早く仕事に復帰させられるよう最善を尽くすつもりです」

 世界中のメディアは、パレスチナ人の死傷者たちの状況や家屋の破壊の様子を連日競うように克明に伝える。そして「戦争」が「終結」し、死傷者や破壊が目の前から消えると、メディアは「問題は終わった」とばかり、潮が引くように現場から姿を消す。しかしパレスチナ人がイスラエル軍のガザ攻撃で受ける打撃は、死傷者のような“短期的な被害”に終わらない。ある意味ではガザのパレスチナ社会がもっと深刻な打撃を受けるのは他にある。イスラエルがガザの産業基盤、生活基盤を破壊し、住民を“家畜農場”の家畜のようにただ飲み食いして生命維持に精一杯の状況に追い込むことで、ガザのパレスチナ人が“人間としての尊厳”を堅持するために闘う気力もエネルギーも奪われてしまうという“長期的な被害”である。今回のガザ攻撃の被害の実態を取材すると、そのイスラエルの真の意図が見え隠れする。その1例がこの工場破壊のような産業基盤の破壊であり、もう1つの例は住民の生活に不可欠な電気の源である発電所破壊のような生活基盤の破壊である。それは今後、報告する。

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