Webコラム

日々の雑感 399:
NHK番組「逆転人生 東電社員たちの10年」何が問題なのか

2021年3月2日

(番組紹介より)
NHK 逆転人生
あの日“加害者”になった私 東電社員たちの10年

原発事故後、賠償や除染などのため福島に赴任した3人の東京電力社員たち。被災者の怒りや悲しみに触れ、苦悩しながら奮闘した10年間。山里・丸山桂里奈が涙した物語。

原発事故で暮らしが一変した福島に、賠償や除染のため赴任した3人の東電社員たち。賠償相談窓口で浴びせられた罵声。基準超えの放射性物質が検出された農村の現実。3人の東電マンは、被災者の怒り、悲しみ、優しさに触れながら、復興のために全力で走り続けた。彼らはやがて、福島の人々と固い絆で結ばれるようになる。かつて東電社員として福島第一原発で働いていた丸山桂里奈さんをゲストに迎え、10年間の物語を見つめる。

 FBでNHK番組「逆転人生 東電社員たちの10年」について知人のジャーナリストたちが口をそろえて酷評しているので、「いったいどういう番組だったのだろう?」と気になって、たまたま録画していた番組を昨夜やっと観た。
 「原発事故によって苦しむ福島被災者の姿に、加害者側の東電の一社員として自責の念に苦しみ、被災者の救済のために必死に奔走する、感動のドキュメンタリー」仕立ての番組だった。

 私はこれまで、似たような内容をテレビ番組やドキュメンタリー映画でうんざりするほど観てきた“既視感”がある。
 例えば、旧満州からの引揚者の体験談の中に、「私たちが満州にいたことでいろいろ言われるけれど、私たちは隣近所の中国人とはとてもいい関係で、家族のような付き合いをしてきた。彼らは私たちに悪意や敵意はなく、とても親しくしてくれた」といった自慢話が出てくる。そこにすっぽりと抜け落ちているのが、「日本が中国に侵略し、中国人から奪った土地の上に自分たちが『開拓団』の名の元に暮らしていた」という全体の“構造”“問題の本質”への認識だ。

 「朝鮮の植民地時代に、日本は工業やインフラの建設で朝鮮の開発・発展に多いに寄与した」という議論も同類だろう。

 私が長く関わったパレスチナ・イスラエル問題でも同じだった。
 “封鎖”前、多くのパレスチナ人がイスラエルに出稼ぎに出ていた時代に、インタビューした多くのイスラエル人が、「働きに来ているパレスチナ人とは友だちのように親しくしている。何の問題もないよ」と答えた。またあるイスラエル人はどれほど多くの「パレスチナ人の友人」がいるかを自慢し、「パレスチナ問題なんてないよ」と言い放った。

 しかしどんなに個人と個人の関係がよくても、“土地からの追放““占領”というパレスチナ問題の“構造”が続く限り、なんら問題の解決にはならない。むしろ、「個人と個人のいい関係」を強調することで、全体の“構造”“問題の本質が見えなくなるし、意図的に見せなくする。

 たしかに「対立する両者の和解、共存」話は感動的だ。絵になる。視聴率を上げることやヒットすることに必死なテレビ番組やドキュメンタリー映画の制作者はその誘惑に陥りやすい。
 しかし全体の“構造”をきちんと捉えずに、または意図的に避けて「個人と個人の和解・共存」の「美談」に走ると、視聴者や観客に“問題の本質”を見誤らせてしまう危険がある。

 NHKのジャーナリスト、七沢潔氏は「逆転人生 東電社員たちの10年」について、FBに「これはタチの悪い番組だ。社員個人の、もしかすると純粋だったりする反省心を担保にお涙頂戴で加害企業や国の免責をめざす。制作者は無意識かも知れないからこそ、恐ろしい究極の忖度」と書いている。

 さすが“原発問題報道の第一人者”らしい鋭い指摘だ。ただ私はこの番組を制作したNHKのプロデューサーやディレクターたちに「加害企業や国の免責をめざす」ほどの深い意図があったかとは思えない。むしろ彼らは、「対立する両者の和解、共存」の美談で感動的なドキュメンタリーにして視聴率を上げたかった(最近のNHKでは民放のように視聴率が重視されるとNHKの友人から聞いた)、「こんな感動的な番組を作った制作者」という評価を得たかっただけのことではないか。つまりフクシマの問題の本質を見抜き、それを念頭において番組作りをするほどの知識も認識も、そして“ジャーナリストとしての使命感”もなかったからではないか。

 もし私の見方が甘く、七沢氏が言うのように「加害企業や国の免責をめざす」「恐ろしい究極の忖度」によって制作されているとしたら、そら恐ろしい。彼らは狡猾に“権力”にすり寄り、局内での出世を目指す「頭がよくて、要領のいい報道人」ということか。“御用報道”化するNHKの劣化・腐敗は、NHK幹部や報道局の政治部だけではなく、“最後の砦”と信じていた「制作局」にまで及んでいるということか。身震いする。

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