Webコラム

日々の雑感 46
パレスチナ・2007年 春 32

2007年5月9日(火)
東エルサレムの家破壊

 最悪の体調のときに、これほど重要な取材をしなければならないとは予想もしなかった。「どうしてこんなときに・・・」と呪わしくなった。
 昨日から、持病の痛風の発作が始まった。それでも昨日はびっこを引いてでも、まだ少々の距離は歩くことができた。しかし今朝は、もうトイレへ行くのも、壁を伝って歩くような状態だった。鈍痛が激痛に変わった。
 いつもの通り、外はまだ暗い5時過ぎに起きて、書き物をしようとパソコンの準備をしているときだった。当然、携帯電話が鳴った。こんな時間に電話がかかってくるなんて、日本で何か緊急の事態が起きたのかと不安がよぎった。携帯電話を取ると、イスラエル人の友人、メイル・マーガリットだった。
 「ドイ、あの家が今壊されていると住民から情報が入った。すぐに現場に行くが、いっしょに来れるかい?」
 この時を私は先週ずっと待ち続けていた。長い祝日や休日で一時、東エルサレムでの家屋破壊は中断されていた。だから休日明けの先週、一気に家屋破壊が再開されるという情報を得ていた。朝、早めに朝食を済ませ、メイルからの連絡をじっと待ち続ける日が数日続いた。家が破壊される現場を、それを阻止するために奔走するメイルの現場での反応と共に撮影すること。これが、メイルの取材で残されていた最大の課題だった。その時が突然やってきたのだ。しかし、歩くのもたいへんな状況でどうする? でもこの機会を逃したら、もう次の機会はないかもしれない。「歩けるだろうか」という不安はあったが、私は「行く」とメイルに返事した。パソコンをしまい、ビデオカメラとスチールカメラを抱えて私は恐る恐る、200メートルほど先の待ち合わせ場所へ歩いた。痛くて歩けないなんて言っていられない。気が張っているせいか、痛みが減ったように感じた。

 現場に着いたとき、もう6時半近かった。破壊現場へ向かう道の入り口で国境警備兵たちが道路を封鎖していたが、メイルが交渉し、私がイスラエル政府発行のプレスカードを見せると、私たちは通された。2、300メートルほど先の破壊現場へ一刻も早くと急ぎ足で歩くメイル。足を引きずりながら後に続く自分はなかなかメイルについていけない。現場近くには武装した警備兵たちが群がっていたが、カメラを持つ私を敢えて止めようとはしなかった。先日、撮影したばかりの身体障害児のための建物は、もう原形も留めないほど破壊され、大半が瓦礫の山と化していた。それでも残った大きなコンクリートやブロックの塊を大型研削機で細かく砕いていく。この施設の所有者の男性や息子たちも、そして彼らの支援者たち、隣人たちもまったく手が出せない。ただ遠巻きに破壊されていく施設をじっと見守るしかない。この施設が破壊されるのは2度目だ。1年半前の秋に1度破壊され、メイルたちがその近くに施設を再建した。そして再び、それが瓦礫の山となった。
 丘の上から泣きはらした顔で破壊の様子をみつめていた施設の女性スタッフにメイルが声をかけた。「またすぐに再建するから。必ずまた建てなおすよ! 安心して!」。近くにやってきた10歳ほどの子供をメイルがぎゅっと抱きしめた。施設の所有者の息子だった。
 メイルによれば、この地区のパレスチナ人の家々が破壊の対象となる理由は、ヘブライ大学のあるマウント・スコープス地区とエルサレム旧市街を結ぶために大きな道路の建設が計画されており、そのためにこの周辺のパレスチナ人の住居が邪魔になるからだという。子供の数が増え、どうしても増築しなければならないパレスチナ人住民たちは、そのための許可をエルサレム市当局に申請する。しかし、エルサレムにおけるユダヤ人とパレスチナ人の人口比率を維持するためにパレスチナ人の家の新築または増築はほとんど許可が下りない。パレスチナ人に残された道は「許可なし」で家を建てるしかない。それをエルサレム市当局は「不法建築物」として破壊していく。
 大型研削機付きのブルドーザーと警備兵が立ち去ったあと、瓦礫の上をメイルが沈うつな表情で歩き回る。それをカメラで追う。瓦礫に足を取られて不自然な向きになると、右足首に激痛が走る。「痛!」と小声で叫んでも、カメラをぶらすわけにはいかない。
 破壊される施設の近くに、松葉杖や補助杖が放置されていた。東エルサレムには公共の身体障害者の施設は少なく、この施設のように私立の施設でケアせざるをえない。しかしそれでもエルサレム当局はその建設の許可は与えず、建てるとこのように破壊してしまう。1度ならず2度も。この施設を追われた身体障害者たちはどこへ行けばいいのだろうか。
 メイルは周辺の住民に案内されて、同じように「破壊宣告」を受けている住民の家を訪ねた。ある家の2階の屋上に上がると、外で2人の少年が寝ていた。ブロック壁1つ隔てた屋上には、建物を破壊した跡があった。「破壊宣告」を受け、破壊の被害を最小限に食い止めるため、家の住民が自ら壊したのだという。子どもたちが屋上で寝なければならないほど家にスペースがないため、その屋上に小さな建物を造ろうとしただけなのに。
 隣の家では、65歳の老女が暮す小さな部屋が「破壊宣告」を受けていた。「違法建設物」の宣告を受けてから、無職の上に、癌を患うこの老女にはエルサレム当局から毎月400シェーケルから600シェーケルの罰金の支払いを求める請求書が届く。もちろんこの老女に支払う能力はない。たとえ支払っても、老女の部屋が破壊されないという保証はない。イスラエル当局によれば、「違法建築物」に対する罰金とその家の破壊とは別問題だというのだ。
 施設を破壊され、呆然とする所有者の家族たちを指さしながらメイルが言った。
 「あの中から将来、『テロリスト』になる人間が出てきても何も不思議ではない。イスラエルはこんな行動によって、彼らを『テロリスト』にするんだよ」
 そしてメイルは私にこうもらした。
 「私はユダヤ人として恥ずかしい(shame)。いや、1人の人間として恥ずかしい」

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