Webコラム

なぜ今、パレスチナの内部抗争なのか

(この文章は「週間現代」に掲載された記事の元原稿です。2007年7月11日公開)

 「パレスチナ人同士が殺しあう」──パレスチナ人自身が最も恐れていた事態だ。しかもイスラム抵抗運動「ハマス」がPLO主流派「ファタハ」を武力駆逐しガザ地区を制圧する状況まで事態は悪化した。パレスチナ問題を従来の「占領する側」対「占領される側」という構図だけではもう捉えられなくなった。「私たちパレスチナ人は決して内部抗争へは向かいません」。5年前、私にそう語ったのはハマス最高指導者の1人だった。「内部の抗争は自分たちの利益にならないことを我われは知っています。協力と対話、お互いの認識と理解をさらに深めることで、パレスチナ人の利益のためにどんな状況でも内部抗争は避けます」。そう語ったハマス指導者はその1年後、イスラエルによって暗殺された。

ハマスとファタハ幹部の対立

 なぜ今日のような状況になってしまったのか。私はオスロ合意から2年目の1995年春、ガザ市内で見た光景を思い出す。あるハマス幹部の自宅の鉄製扉は蜂の巣のように銃弾に撃ち抜かれていた。銃痕は寝室やトイレにまで及んでいる。深夜に治安部隊がその幹部を拘束するために家を襲ったというのだ。家族は床に伏せて部隊の乱射から死傷を免れたと幹部の妻は私に訴えた。
 1994年のパレスチナ自治政府(PA)の誕生後、アラファトが率いるファタハの治安部隊は、アメリカとイスラエルの圧力によって、「和平プロセス」に反対しイスラエルへの武装闘争を繰り返すハマスなどを弾圧し、多くの指導者たちを投獄した。当時、その陣頭指揮をとっていたのは、ガザ地区治安当局の最高責任者モハマド・ダハランだった。PA誕生直後、33歳の若さでアラファトによって最高責任者に抜擢され、ハマスなど「オスロ合意」反対派の厳しい取り締まり、弾圧で名をはせた。またこの時期、ダハランはアメリカ、イスラエルの両政府と太いパイプを作り、アメリカから潤沢な資金を得た。一方、“治安当局の最高責任者”の地位を利用した住民からの「集金」によって莫大な資金を蓄えた。難民キャンプの貧困家庭出身のダハランは、いくつもの別荘を持つ富豪にのし上っていった。さらに “忠誠を金で買う”というアラファトの政治手法を踏襲して影響力を広げたといわれる。
 昨年(2006年)1月の選挙でハマスが政権についた後も、ガザ地区の“防衛治安部隊”はダハランの強い影響下にあった。「ハマスとファタハの抗争」は実は、ダハラン影響下のこの防衛治安部隊とハマスとの抗争なのだという指摘は、昨年夏、現地でも出ていた。ハマスには、かつて過酷な弾圧を加えたダハラン一派への根深い怨恨がある。ダハラン一派側にとっては、これまでの既得権をハマス政権に奪われてしまうことへの強い反発と抵抗があった。

国際社会が見落とす“民衆の動向”

 アラファトがいればこうはならなかったという声があるが、ファタハ武装勢力の脆弱さはむしろアラファトの政治手法にも起因するという指摘がある。アラファトは自らの権力を独占維持するために、治安組織をいくつもの部隊に分断し、それぞれの指導者たちに自分への忠誠心を競い合わせた。それによって自分の地位を脅かすライバルの出現を防ごうとしたのだ。アラファト死後は各治安部隊の指導者たちはライバルとの権力闘争のために反目しあい、団結してハマスに対することができなかった。たとえ数では勝っていても、分裂したファタハは、強固な統率力を持つハマスの敵ではなかったというのである。
 一方、民衆の「ファタハへの幻滅・ハマス支持」の感情は根強い。5年前、ジェニン侵攻で家を破壊され全財産を失ったある男性は「イスラエルを承認し和平合意を結んだファタハは私たちに何をしてくれたのだ。海外の援助を独占しただけだ」と怒りを露にした。「海外の援助が途絶えると知りながら私はハマスに投票した。ハマス政権は少なくとも『イスラエルは認めない』と言う勇気のある政権だ」
 このパレスチナ内部抗争は、決してパレスチナ人だけの責任ではない。その遠因を作ったのは、 “民主的で公正な選挙によるハマス選択”という民主主義の実現に対して支援停止など経済制裁でパレスチナ人住民に“懲罰”を加えた欧米諸国や日本である。これによってパレスチナの経済は瀕死の状況に追い込まれ、住民の生活は困窮した。それが現在の政治的な混沌状態を生み出する背景となったからだ。
 ハマスによるガザ地区制圧の直後、PAのアッバス議長は、非常事態内閣を発足させた。6月25日には、アッバス議長とイスラエル、エジプト、ヨルダンの3首脳が会談し、ハマスに対抗するアッバス議長の支持を確認しあった。イスラエルはハマス内閣発足以来、凍結していた数億ドルの関税・消費税のPAへの送金を再開し政治犯を一部釈放、欧米も経済制裁の解除を宣言した。ハマスの封じ込めと、ファタハの勢力挽回が狙いだ。しかしその「成果」はあまり期待できない。イスラエルも欧米諸国もこれまでの流れを見落としている。第1はヨルダン川西岸でもハマスの支持が根強いことだ。昨年の選挙でも西岸の都市部ではハマスはファタハの2倍以上の議席を獲得している。第2には、ハマス政権誕生後の経済制裁によっても、民衆のハマス支持の流れを変えることはできなかったことだ。ガザ内戦でのハマス勝因のひとつにこの根強い住民の支持があった。パレスチナ情勢を見る国際社会の視点で欠落しがちなのが、この“民衆の動向”だ。為政者たちの派手な動向に目を奪われすぎると、大きなパレスチナ情勢の流れを見誤ってしまう。

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