Webコラム

日々の雑感 65
パレスチナ・2007年 秋 19

2007年11月16日(金)
封鎖に喘ぐベイトラヒヤのイチゴ生産農家

 ガザ地区北部のベイトラヒヤは、良質な地下水に恵まれ、イチゴや生花の栽培で有名である。私がこのベイトラヒヤのあるイチゴ生産農家に住み込み取材したのは1985年だった。当時からすでにベイトラヒヤではイスラエルから学んだ水滴パイプやビニールを使う近代的農法によるイチゴ栽培がさかんだった。当時は、第1次インティファーダ前の、まさにイスラエル占領下。イスラエルへの出入りは、ID以外ほぼノーチェックだったので、生産されたイチゴはイスラエルのマーケット、またイスラエルの輸出業者に買い取られてヨーロッパに輸出されていた。その当時のイチゴ生産の様子は拙著『占領と民衆─パレスチナ─』(1988年 晩聲社刊)の中に紹介している。
 その後、私はオスロ合意後の1994年、95年、99年とベイトラヒヤのイチゴと生花の生産農家を取材し続けてきた。当時からすでに頻繁になっていたイスラエルによるガザ地区の封鎖の影響をまともに受けるのが、このイチゴと生花の生産農家だったからだ。封鎖のたびに、イスラエルやヨーロッパへ輸出することを前提に生産された農産物は商品価値を失い、農家は大打撃を受けてきた。

 ハマスのガザ制圧(2007年6月)後の完全封鎖は、このベイトラヒヤの農業をまたしても直撃していた。
 私がベイトラヒヤを訪ねたとき、イチゴ出荷場に生産農家の男たち数十人が集まっていた。後方には手書きの横断幕が広げられている。

 「ベイトラヒヤ農民は検問所の封鎖によってイチゴを輸出できないことに抗議して、“葬儀の家”を開設する」

 「イチゴ輸出に対する封鎖を打ち破るため、我われは団結して立ち上がる」

 「ベイトラヒヤの農業と農民は危機的な状況だ」

 11月から2月までがイチゴの生産・出荷時期だ。しかし6月以来、ガザ地区は完全に封鎖され、輸出のメドが立たない。このままだと、イチゴ生産のために多額の経費を借金してきた農家は破産してしまう。その危機感から農民たちは抗議の行動を起したのである。
 ベイトラヒヤ農業組合の幹部は私にこう訴えた。

 「ベイトラヒヤでは2500ドナムの土地でイチゴを生産しています。その生産のための肥料や設備の経費はローンで賄われてきました。組合自体が、ある実業家から借金して一括して購入しています。毎年、イチゴを輸出してその借金を返してきました。昨年は1300トンを輸出し、730万ドルの収益を得ました。1ドナム当たりの純益は1500ドルほどです。
 もし輸出できなければ、たいへんなことになります。実業家が借金の返済を要求しても、返せません。ベイトラヒヤでは8000人がイチゴ生産に関わっています。もし輸出できなければ、みな路頭に迷ってしまいます。ガザの失業率はとても高くなっていますが、もし今年イチゴを輸出できなければ、我われ農民たちがさらにこの失業率を高めることになります」

 「もう一つ深刻な問題は、もし今年、例年通りにヨーロッパに輸出できなければ、今後そのマーケットを失ってしまいます。私たちのイチゴはヨーロッパで受け入れてもらえる基準に従って生産されていますが、今年輸出できなければ、来年は受け入れてもらえないのです。
 イスラエルはハマスがガザ地区を制圧した6月以降もイチゴ生産のための資材をガザに輸入することを許可してきました。種や肥料やビニールなどのために1ドナム当たり7000ドルの経費がかかっているんです。もし今、イチゴの輸出を禁止するのなら、なぜその資材の輸入を許可したのか。もし輸出が許可されなければ、イスラエルの最高裁に訴えるつもりです」

 「1キロのイチゴ生産の経費は4シェーケルで、11月から2月までのヨーロッパへの輸出による純益は1キロ当たり20シェーケルになります。もし輸出できず、ガザの市場しかないとすれば、1キロ当たり3シェーケルの値段にしかならないのです。これでは1万5000ドルの借金は返せません」

「この封鎖はハマスのせいだと思いますか」と私はこの幹部に訊いた。すると彼は「私はファタハもハマスも非難します」と答えた。

 「パレスチナ人は1つのファミリーです。ファタハとハマスの闘いは2つのファミリーの争いのようなものです。ガザではファミリー間の争いも、最後に両者が話し合って協議し解決します。私たち住民は現在起こっているファタハとハマスの抗争に怒りを抱いています」

 「私には12人の子どもがいます。家族全員がこのイチゴの生産に頼って生活しています。ここにいる農民全員がそうです。もしイチゴが輸出できなくなれば、子どもたちがどうなるかもわかりません。もし収入がなくなり生活ができなくなれば、子どもたちが政治組織に入り、自由戦士や『テロリスト』にならないとは保証できません。私たち親はもう子どもたちをコントロールできないのですから。
 もし今10発のカッサム・ロケットがイスラエルに向けて発射されているとすれば、封鎖が続く今後は1日に100発のロケットが発射されることになるでしょう。イチゴが輸出できず生活ができなくなり、他に生き残る手段がないとわかれば、多くの若者たちがカッサム・ロケットを発射する組織に加わっていくでしょうから」

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