Webコラム

日々の雑感 111:
パレスチナ映画『沈黙を破る』を編集中

2008年8月24日(日)

 ほぼ半月、八ヶ岳の山荘にこもってドキュメンタリー映画の編集作業を続けた。パレスチナ・ドキュメンタリー映画シリーズの4本目、『沈黙を破る─元イスラエル軍将兵が語る“占領”─』(仮題)を来春、劇場公開する予定だ。残りの3本は、その劇場公開に合わせDVDとして同時発売していこうと考えている。なぜ4本目が劇場公開なのか。当初、4本をシリーズで順次、劇場公開することも考えたが、“占領”の構造を丹念に描こうと思えば、出稼ぎ労働、農業や工業の従属化など、地味なテーマを淡々と描かねばならない。パレスチナ問題に関心のある人たちを対象にした自主映画ならともかく、お金を払って観てくれる観客を集めなければならない劇場での一般公開にはなじまないテーマのように思えた。4本の中で、パレスチナ問題に特別の関心がない人でも観てわかりやすく、内容に引き込まれ、そして観たあとに心に残る、しかもその1本で“占領”の本質を凝縮したものとなれば、やはり4本目の『沈黙を破る』だという判断である。
 『沈黙を破る』は、前編「侵攻」と後編「告白」から成る。「侵攻」では、2002年春のイスラエル軍によるヨルダン川西岸の2つの難民キャンプへの侵攻を描いた。当時、私はそのイスラエル軍の侵攻をパレスチナ人住民の側から取材しようと、真っ先に侵攻の標的になることが予想された地区の1つ、ナブルス近郊のバラータ難民キャンプに住み込んだ。そして軍の包囲と攻撃の前後2週間にわたって、キャンプ内のある民家に寝泊りしながら、包囲下の住民の姿を撮った。
 その包囲下のバラータ難民キャンプから脱出した直後、私はジェニン難民キャンプに入った。2週間近くイスラエル軍に包囲され猛攻撃を受けたキャンプの中心地区は大地震の後のように完全に破壊し尽くされていた。イスラエル軍の包囲解除直後のキャンプ内の様子、そして1ヵ月後の住民たちの証言、さらに5年後のキャンプの様子、と人びとの変化を取材した。
 「“占領”はマスコミ報道では『殴られた』『撃たれた』『爆撃された』といったセンセーショナルな暴力で表現されがちだが、ほんとうに怖いのは真綿で首を絞められるように、じわじわと生活の基盤を侵蝕され、住民が人間らしく生きていく環境を破壊されることだ」と、私は講演などで、繰り返し主張し続けてきた。そんな私が、軍の侵攻とその被害という最もセンセーショナルなシーンを映画の前面に出すことに自己矛盾も感じないわけではないが、他の3編で、私の言う“占領”を描くので、4部ではその異常な状況下に置かれた人びとの内面を、その表情と語りで描写することに力点を置いた。

 後編「告白」は、拙著『沈黙を破る』の映像版である。活字化するときも、その構成に悩み抜いたが、映像化はそれ以上の難題だった。証言ドキュメンタリー映像は、私にとって初めての挑戦だった。1時間を超える複雑に絡み合った複数の語りを、視聴者にどうわかりやすく、飽きさせずに、理路整然と聞かせていくか、長い試行錯誤の末、私はその粗編を独りで編集した。元イスラエル軍将兵たちの証言の何を、どう聞かせていくのかが、このドキュメンタリー映画の成否を決める。幸い、長年、占領地で撮り溜めてきたイスラエル軍兵士たちの雑景がイメージカットとして生きてきた。
 映像で観る将兵たちの語りは、内容は同じであっても、その声の抑揚、表情が加わることで、活字とは比較にならないほどの“説得力”と“迫力”を持つ。何よりも語りの内容の凄さは、聞く者を決して飽きさせないという自信はある。“占領”が、加害者側からこれほど深く語られたことはなかったからだ。
 前編「侵攻」で、“占領”の実態を被害者側から目の当たりにした後に、加害者側の内面に立ち入った重い証言が加わることで、“占領”が立体的に描けたと自負している。

 私のごつごつした粗編映像を、理路整然とわかりやすく、さらに映画らしく編集しなおしてくれているのが編集者の秦岳志さんである。まだ30代半ばの若さだが、その映像センスは抜群である。“映画”に関してはまったくの素人である私には、なくてはならない存在である。何よりも救われるのは、テレビ局でのドキュメンタリー番組制作と違って、企画者であり取材者であり撮影者でもある私自身(映画の世界では“監督”と呼ばれるそうだ)が伝えたいこと、嗜好を尊重し許容してくれる寛容さ、懐の深さを編集者の秦さんが備えていてくれることだ。私のように我がままで自己主張が強く、しかも短気な編集者なら、私と反発しあい、ぶつかってばかりで、お互いストレスばかりがたまって、いっしょに仕事を続けることもできないだろう。いい編集者に出会った。

 半月間の編集合宿で、劇場公開する第4部の原型は出来上がった。これから年末までにその仕上げと、あと3本の映画を作り上げなければならない。
 大きな難題もある。制作費が足りないのだ。「土井敏邦 パレスチナ記録の会」に集まった募金だけでは、4本を映画として仕上げるには、あと数百万円が不足することになりそうだ。どうやって工面するか、頭の痛い問題だ。

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