Webコラム

日々の雑感 131:
外国人スタッフが見た停戦下のガザ地区

2009年1月2日(金)

 ガザ地区内の空爆の様子、死傷者の数はBBCなどでも伝わってくるが、わからないのは、住民の生活の様子だ。空爆下の住民の生活ももちろんだが、それ以前のガザの状況はどうだったのかもほとんど報道されてこなかった。
 12月下旬まで現地にいた国際機関の外国人スタッフから、空爆以前のガザ住民の状況を聞いた。

 イスラエルによる封鎖は住民の生活を困窮状態に追い込んでいる。とりわけ子どもたちにその影響は顕著に現われている。ガザの子どもたちは他国の子どもたちに比べ、身体が小さいように見える。長年の封鎖政策による経済的な困窮は、子どもたちの恒常的な栄養不足を招いているからだと思われる。
 現在、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)が運営する学校では、学校レベルを上げるためのプロジェクトを進めているが、目が空ろな子が多いと教師たちは言う。理由を聞くと、貧困のために朝食(午後のクラスは昼食)を食べられない子が少なくなく、空腹のために授業どころではないというのだ。しかし、「朝食を食べてこなかった人は?」と教師が質問しても、手を挙げるのを躊躇する子が多い。家庭が朝食も食べられないほど貧しいと知られることが「恥ずかしい」からだ。それでもクラスの3分の1から2分の1の子が手を挙げた。
 UNRWAではこの栄養状態をいくらかでも改善しようと給食を開始した。しかしその予算は限られ、1人当たり1シェーケル(約20円)以内で抑えなければならない。だからチョコ菓子やファラフェル(豆を潰し団子状にして油で揚げたアラブの食べ物)、ビスケットしか与えられない。ヨーグルトも値段が1シェーケルを超えてしまうから給食に出せない。
 学校の机や椅子、そして黒板も古くなり壊れてしまったものも多いが、予算不足と封鎖のために、修理することも買い換えることもできない。

 昨年の夏にはエジプトとラファの間のトンネル事業がさかんになり、地下を通ってエジプトから物が運びこまれたため、一昨年秋のような物不足は一時は幾分解消したが、この空爆によってトンネルの多くが破壊されたために、再び深刻化することが予想される。
 輸出用のいちごや生花は、昨年になって幾分イスラエルへ持ち出すことができるようになったが、「セキュリティー検査」の名目で徹底的に検査されるために、いちごや生花が傷(いた)んで半分近く商品価値を失ってしまう。さらに昨年の収穫期の11月以降、「停戦の破綻」以後の完全封鎖でまったくガザ地区の外へ持ち出せなくなった。
 電気や燃料の不足もさらに深刻化している。病院では血で汚れたベッドのシーツもそのまま使われ、またICU(集中治療室)も壊れたまま部品が手に入らないために使用できない器械が少なくない。
 もう1つ、深刻な問題は、ガザ地区での通貨イスラエル・シェーケルの現金が不足していることだ。イスラエル側からシェーケルが入ってこず、銀行にシェーケルのストックがないために、公務員やUNRWAの職員にも、シェーケルの給料が支払えない状況が出てきているという。
 「これらの問題の根源はすべて“封鎖”です」。この外国人スタッフは言葉を強めて言った。「“封鎖”が解除されなければ、たとえ停戦が実現しても問題は解決されないのです」
 “停戦”に関してガザの住民やハマス側は「停戦の条件だったはずの封鎖の緩和または解除を“イスラエル側はまったく履行しなかった”」ことに大きな失望と激しい怒りを抱いているという。

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