Webコラム

映画『”私”を生きる』トークショー
ゲスト:永田浩三さん(後半)

ゲスト:永田浩三さん(前半)

2012年1月20日 東京:オーディトリウム渋谷
ゲスト:永田浩三さん(元NHKプロデューサー)

土井:このパンフレットの中の永田さんの言葉にあるように、自分の背中を押したのは、やはり仲間たちであり、特に当時一緒にやってらっしゃった当時デスクの長井暁さんだってことを書いてらっしゃいますけれど、そこで自分の背中を押したものって一体何だったのか、ということをもう少し話をお聞きしたい。

永田:皆さんもうご記憶に無いかと思いますけれど、実は私が高裁で本当の事を証言する前に、プロデューサーの私のもとでデスクだった長井暁さんが記者会見をしたんですね。世の中に向かって身を賭して証言したんです。本当はこんなひどい事件でしたと、公表したんです。私はそれを見て、自分にそのことが出来なかったことを恥ずかしく思いました。長井さんの勇気ある行動に対してNHKは、わざわざニュースを使って、長井証言は間違いですと、全面的に否定したんですね。虚偽のニュースを流したのです。これはNHKの放送史の中でも最大の汚点だと思いますけれども、ニュースは、NHKの広報番組ではないのです。百歩譲ってNHKの番組宣伝のためにやるなら、まだありうるかもしれませんが、ニュースという公の器を使ってNHKの嘘を垂れ流した、ということは断じて許せないことだと今も思いますね。それは長井さんの名誉の問題ではなくて、NHKの信用を悪用した、とんでもない行為だと私は思います。

土井:その後、本(『NHK、鉄の沈黙はだれのために─番組改変事件10年目の告白』)を書かれますよね。私はあれを読んだときに「辛かっただろうなぁ」と思ったのは、かつて自分を育ててくれたと思っていた上司に、そのことで彼らを攻撃しなければならないこと、あの時永田さんはどういう気持ちで著書を書かれたのか。一時期精神的に随分落ち込んでおられましたけれども、あれを書く動機といいましょうか、書くことによる自分の中の葛藤、その辺をお話しいただけますか。

永田:ずっと黙っていた時期が長かったですから、その中でいろんな仲間を失っていくわけですね。本当に申し訳ない、恥ずかしいと思い続けていました。さっきも言いましたが職業倫理として、つまり真実に近づいていくためにドキュメンタリーの仕事をしていているわけです。それによってお給料をいただいていた私が、自分のことは棚に上げて生きていくということは、どうしてもできなかった。だから自分がいかに見苦しい振る舞いをしたのか、なぜ本当のことをなかなか言い出せなかったのかということを、ちゃんと書かなくてはいけないし、私がお世話になったとはいえ、上の人たちの犯した間違いについてもちゃんと晒す、しかも実名で晒さらさない限り、その人たちが反論できませんからノンフィクションで書きました。かつての仲間が『ガラスの巨塔』という小説を書いたように、フィクションを書くということも有り得たかもしれないけれど、それだと逃げがあるじゃないですか。実名で書いたら、その人が次に出てきて永田が言っていることは間違いだということが可能ですよね。つまり、仕事では、人様の人生をさらすということをやっておきながら、自分をさらさないというのはやはり無理がある。本当に恥ずかしいことを何もかも含めて、できる限り全部洗いざらい伝える。私の筆力がお粗末な部分は許していただくとして、隠しだてはしない、という思いはありましたね。

土井:あるプロデューサーで、永田さんが自分の恩師だと思っていた人を、ある意味ではあの中でとても厳しく書いていらっしゃいますよね。やはりあのへんの葛藤というのかな、お世話になった、でもここで書かざるを得ないという葛藤はおありですか。

永田:ジャーナリストってどこか自分のことを棚に上げて人を責めたりとか、世の中はこうあるべきだと言いがちになるところがあるんですよね。これは人間としてどこかイビツなんだと思います。別に立派な人間である必要はないけれども、自分のことは隠しておいて世の中はこうあるべきだ、といい続けること自体、無理がある。ドキュメンタリーは人様の人生に踏み込んで、つまりこういう苦労をされていますとか、こういう希望があるんじゃないかとか、あるいは歴史的にこんな不正義がまかり通っていいんでしょうかということを伝えるわけです。不正義がまかり通って良いんでしょうかと言っておきながら、不正義の側に身を置いているというのは、やはりおかしいです。仕事としての「使い分け」は全然ないとは言いませんよ。だけどしかし、使い分けを続けるのは無理じゃないでしょうか。先生が倫理的に厳しく問われるのと同じように、ジャーナリストは「世の中にこうあるべきだ」ということを言う商売ですから、やはり厳しい倫理性が求められるんじゃないでしょうか。「立派な人であれ」と言ってるんじゃないですよ。嘘はいけない、ということだと思います。私がかかわったことで言えば、歴史的な不正義を正さなければいけないということを、政治家の意向を忖度(そんたく)してねじ曲げたわけですから、それはやはり、ちゃんと自分の身を含めて、責任を取らなきゃいけないということですね。「こんなみっともなく、恥ずかしいことがありました」ということを世の中に伝えるという責任があるということです。

土井:なかなかそれができないんですよね。やはり世の中にかっこいいことを言っているもんだから、自分の弱さとか醜さを出すことは、なかなか出来ないんですよ。私自身もこういう立派な人を伝えている自分っていったい何なんだと考えると恥ずかしくなって、仕事が出来なくなりそうな時があるんです。永田さんはもうNHKを辞めて、今は大学の先生をされていますけれど、どうですか。やはりさっぱりしましたか?

永田:NHKの中にいるとき、言論の自由というのがありませんでした。変な話、言論機関なんですけど、好き勝手なことを外に向かって発言することは出来なかった。それがNHKを完全に離れたことによって、ブログに何を書こうが、どこでどんな発言をしようが、自分の責任でできる。責任は自分が負うということです。これはありがたいし、今日も私の大学の学生さんが来てくれていますけれど、根津さんとか土肥さんとか佐藤さんと同じでしょうけれども、やはり若い人たちに何かを伝えることの素晴らしさと責任を感じますね。今回の映画は、「“私”を生きる」ということがテーマですけれど、「“私”を生きましょうね」ということを伝える仕事が教員だと思いますね。だからそれができないという状況に追い込まれた先生方は、さぞ辛かっただろうなと。NHKにいたときよりも、教員になってからの方が、映画から沁みるように感じる部分が大きいです。

土井:最後に今、一番永田さんが大切に守ってらっしゃることって何ですか? NHK時代と今、色んな体験をされて今自分にとって一番大切だと思ってらっしゃることは何ですか?

永田:映画に絡んで言うと、教育の現場で一番大切なことはやはり教室というところで、子どもたちに向き合うことだと思いますよ。ジャーナリズムも同じで、上からどうのこうの言うんじゃなくて、被災地でも原発の現場でも、どこでもいいんですけど、そこに身をおいてそこで自分の目で見たものをちゃんと伝える、あるいは考える、そういう人が増えていくということが一番大切だと思っています。そのことを若い人たちにも伝えたいなと思っています。

土井:NHKの後輩の方々がいろいろなドキュメンタリーを作っていると思いますけれど、今NHKを離れてみて後輩たちに一番伝えたいことは何ですか?

永田:「“私”を生きてほしい」というのが一番大きいんじゃないですかね(笑)。決して組織に従順であっても幸せにはなれませんよ、NHKに義理立てするのではなく、世の中に対して誠実であるジャーナリストであってほしいということでしょうかね。私はそれが不十分でしたが……

土井:フリーランスである私には、その組織の締め付けはよくわかっていないかもしれないし、永田さんが苦しめられたことが僕はどれだけわかっているのかと思いますけれど、やはりジャーナリストとしての姿勢を永田さんの生き方から教えられる気がしました。ありがとうございました。

永田:こちらこそ。きょうお集まりの皆さん方は、映画を御覧になってその余韻を大切にしておられるのに、あいつは勝手に、ほかの組織の話をして、いったい何なんだろうと思われたかもしれませんが、どうかお許しください。ありがとうございました。

【関連記事】
日々の雑感 182:演劇『かたりの椅子』とNHK番組改編事件の告発書(1)

【関連サイト】
永田浩三の極私的ブログ「隙だらけ 好きだらけ日記」
 →土井敏邦監督の「私を生きる」を見た

映画『私を生きる』公式サイト
『“私”を生きる』公式サイト

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