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日々の雑感 262:
避難区域の見直しを巡る議論(1)

「避難区域見直しの懇談会」の会場(福島県伊達市保原)
「避難区域見直しの懇談会」の会場(福島県伊達市保原)

2012年4月25日(水)

 原発の爆発で放射能に汚染されてから1ヵ月も経った昨年4月11日、飯舘村は「計画的避難区域」に指定され、6500人の村人に1ヵ月間で村と家を出るように政府に告げられた。1年後、その飯舘村が新たに避難区域の見直しをされることになった。汚染の線量によって3分割されるというのだ。「今のままではインフラ整備が難しい」というのが政府側の説明だ。3分割とは以下の通りである。

  1. 避難指示解除準備区域:20ミリシーベルト/年 以下
    つまり3.8マイクロシーベルト/時 以下
  2. 居住制限区域:20ミリ~50ミリシーベルト/年
    つまり3.8~9.5マイクロシーベルト/時
  3. 帰還困難区域:50ミリシーベルト/年 以上
    つまり/9.5マイクロシーベルト/時以上

 4月9日から4日間、村民の多い市4カ所で政府側と村役場側が、村民にその新たな避難区域見直しについて説明し、村民の意見を聞く「懇談会」が開かれることになった。初日は、伊達市の保原市民センターが会場だった。

 伊達市には伊達東仮設住宅など飯舘村の住民が多く避難している。この日も200人近い住民が集まってきた。政府側からは原子力災害現地対策本部や各省の担当者たち、それに飯舘村村長はじめ役場の幹部たち、議会の議員たちが出席した。
 政府側は、見直しの基準として「飛行機から測ったデータ─」を出し、長泥地区の多くが、年間線量が50ミリシーベルトを超える地域として色分けし、「帰還困難地域」に指定される可能性が高いことを示唆した。もしそうなれば、入口にバリケードなどを設置し、地区内への立ち入りを制限する計画だという。これに対し、長泥の住民から、「これまで自由に出入りできた地域に1年も経ってからなぜ入ることができないのか」と強い反発が出た。
 会場の最前列にビデオカメラを設置して陣取った長谷川健一さんが質問に立った。
 長谷川さんは、「除染して村に帰る」という唯一の方針に沿って、「それに疑問を持つ村民の声を聞こうとせず、まっしぐらに突っ走る」村長の姿勢を批判した。長谷川さんは「除染の先が見えないなかで、除染しても村へ帰れない場合にすぐに対応できるように、村を出るという方向も1つの選択肢としてシュミレーションが必要なのではないか。最悪のシナリオを想定しておくべきだ。しかし村長はそういう村民の声を聞くための村民へのアンケートを拒否している。なぜ村民の意見を聞こうとしないのか」と村長に詰め寄った。それに対し村長は、「除染をまだやっていないのに、やる前からああだ、こうだということではない。どの位下がるのか除染をやってから判断することです。アンケートに関しても、村民の声を聞かないと言ったつもりはありません。この5月に予定しています。ただ、村に帰るか帰らないかは除染をする前から議論できない。除染が難しいから、じゃあ、みんなで他の土地に行きましょうというのが村民のためにいいことか。移転した先がまったく読めないんです。村を出るということはそんな簡単ではないんです」

 しかし長谷川さんは引かない。
 「村長の答弁は答えになっていない。問題は『帰るか帰らないか』ではなくて、村民の声を聞かないとだめだと言っているんです。村民の声を入れないで一方的に進めている。しかもすべてが後手後手になっている。だから村民の声を聞いて、それを受け止めてやってほしい」

 そんな長谷川さんに村長はこう反論した。
 「だからこういう所にも何度も足を運んでいるんです。これからもアンケートをやります。村民の方に入っていただいて提言をしてもらっている。まったく村民の声を聞かないで村が進んでいるんでしょうか。精一杯みなさんの声を聞きながらやっているつもりです」

 「村長は村民の意向も聞かず、『除染して村に帰る』の一点張りだ」という批判は、私もこれまでさまざまな村民から聞いてきた。たしかに村長が言うように「村民のところも何度も足を運んでいる」ことは事実だろう。しかし多くの村民は「やって来て、一方的に自分の考え、すでに役場で決めたことを報告するばかりで、こちらの意見を受け止め、それを判断材料にする姿勢がまったくない」という。長谷川さんとの問答を聞いて、まさにその実例を観る思いがした。これは住民の意見を“聞く”対話ではなく、自分の考えの「説得」だ。
 この菅野村長と対照的なのが、3月24日に放映されたNHKスペシャル「故郷か移住か ─原発避難者たちの決断─」に登場する浪江町の馬場町長だ。「村に戻って暮らすのは無理だから、他の地域に移転を」と迫る町の青年たちに、真剣に向き合い、受け止め、涙を流しながら反論し、激しく議論する。やがて「帰村」の非現実性に気付き、徐々に考えを修正していく。町民と真摯に向き合い、対話するということはこういうことなのだ。それと対照的な為政者の姿を、この「懇親会」で私は目の当たりにする思いがした。

 そんな菅野村長の姿勢を象徴するようなやり取りが、村の青年とのやりとりだった。村の小学校の事務職に就いている30歳半ばの相沢さんがマイクと取り、こう訴えた。
 「村の若者はこういう場には来ません。なぜか。それは村の行政に対する不信感があるからです。原発事故直後、若者たちは飯舘村は危険だと訴えたけど、まったく無視された。若者は声を挙げても無駄だと思ってしまったんです。若者たちは村に裏切られたという気持ちを抱いています。これは村にとって不幸なことです。村の行政と若者たちとの和解が必要です」
 それに対して村長はこう答えた。
 「若い人は仕事などで忙しいので、来ていただけないのではないですか。自分のことに集中しなければならない雇用条件があるんでしょう。私や村は若い人を疎外しているわけではありません。両者に疑心暗鬼もない。だから和解の必要はありません」

 村長のこのそっけない答えに私は、村の若者たちと村長との埋めがた溝をまざまざと見る思いがした。

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