Webコラム

日々の雑感 282:
【パレスチナ現地報告】(7)
西岸占領地で起こっている“民族浄化”

2012年11月30日(金)


写真:イタリア人のNGOスタッフ

 ヨルダン川西岸の南部の街ヘブロンからさらに南に下ったヤッタ地区も、パレスチナ人のNGO代表が「いま最も占領が深刻な場所」の1つに挙げた。私はパレスチナ人の通訳を伴って、ヤッタ町の郊外、トゥウェニイ村を訪ねた。西岸の南端に近い辺境にある、人口280人ほどの小さな村だ。タクシーで村に着くと、英語で話しかけてくる青年たちに出会った。イタリア人だった。「Operation Dove(ハト作戦)」という名のNGOメンバー5人で、この地区の住民追放や家屋破壊、入植者たちの住民への暴行をモニターし、住民の保護のためにトゥウェイニ村の民家を借りて住み込み、活動を続けているという。こんな辺境の村に外国人が住みこんでいる──そのことに私は驚き、感動した。

 その「Operation Dove」のメンバーたちから、この地区の状況を聞いた。

 この地域は、イスラエルが行政と治安の権限を握る「C地区」で、パレスチナ自治政府の権限はまったく及ばない。イスラエルはこの地区を「軍事地区」に指定し、さまざまな場所に検問所を設け、イスラエル兵たちが住民や外からの人の出入り厳しくチェックしている。
 「C地区」では、住民が家を建てるにも、イスラエル側の許可が必要となる。しかしその許可が下りるのは稀だ。必要に迫られて「無許可」で家を建てると、その家はイスラエル軍に「不法建築物」として破壊される。去年、イスラエルが軍事訓練センターの建設を予定しているアルムファッカラ地区では、モスクと人が住んでいた洞窟だけではなく、近くの家畜小屋や発電機までが破壊された。この地区はパレスチナ人の土地だが、イスラエル側は「軍事地区」に指定して土地を没収して、イスラエルの施設を建設しようとしているのだ。
 この地区の住民にとって恐ろしいのはイスラエル軍だけではない。ここには7つのユダヤ人入植地が点在し、他にも入植者たちが新たな入植地建設をめざす前哨基地(アウトポスト)がある。これは国際法からだけではなくイスラエルの国内法でも非合法だが、イスラエル政府は敢えて排除しようとはしない。そこに住みついた入植者たちは「この土地は神から与えられたユダヤ人の土地だ」と信じる過激な宗教派のユダヤ人で、住民を暴力で追いだそうとする。羊飼いが投石や鉄棒で殴打されたり、通学する子どもたちが襲撃される事件が絶えない。パレスチナ人が使う地下水源を汚染することもあるという。しかしイスラエル軍はそんな入植者を逮捕することもなく、黙視している。
 NGO「Operation Dove」の活動の1つが通学する子どもたちの保護だ。彼らと住民たちはイスラエル側に子どもたちの危険を訴え説得し続け、イスラエル兵にジープで通学する子どもたちをエスコートさせることに成功した。しかしそれが実際、実行されているかをNGOのメンバーたちが毎日朝と午後、登校と帰宅の時間に子どもたちに付き添い、兵士たちのエスコートをモニターしている。
 イスラエル側の狙いは、「C地区」の住民を追い出して土地を没収し、その土地に入植地や軍事基地を建設し、その地域を「イスラエル領土」へ併合することにある。1999年には実際、「軍事地区」に指定された地域から住民が強制的にトラックやバスに乗せられて、強制退去されられる事件が起きた。これは秘密裏に行われたため当時は知られることがなかったが、やがて住民の訴えで公になり世論の激しい非難を浴びたため、3ヵ月後に住民の帰還が許された。しかしイスラエル政府は、軍事訓練センター建設のためのこの土地没収の合法性を司法に訴え、来月12月に最高裁が判決を下すことになっている。
 イスラエルが一方的に「軍事地区」にした制限地区には、たとえパレスチナ人であっても自由に出入りができない。
 このような実態は、外国人がここを訪ねるまで外の世界にほとんど知られていなかった。NGOがここに常駐し、ここで起こっている事件をモニターし、インターネット等を通じて外の世界に発信することでやっと広く知られるようになり、イスラエルやアルジャジーラなど海外メディアも現地を訪れ報道するようになったという。
「これが私たちの“武器”です」と、イタリア人の女性が差出したのは、小型のソニーのビデオカメラと双眼鏡だった。双眼鏡で兵士や入植者たちを監視し、暴行の現場をカメラで撮影し、インターネットで外の世界に向けて発信する。パレスチナに関わるNGOやNPOの活動といえば、私たちはいわゆる「人道支援」を思い描きがちだが、こういうNGO活動もあるし、それが住民を守ることに直接貢献している。辺境の村に定住し、不自由な生活に耐えながら、献身的な活動を続けるイタリア人の青年たちの姿に、私は頭が下がり、胸が熱くなった。

 それにしても、表面上の「和平交渉」の裏で、イスラエルは西岸の60%を占める「C地区」において、今なお「オスロ合意」で“合法化”された“占領”を堂々と続けている。私はその実態を、このヤッタ地区で目の当たりにした。イスラエル当局は、住民の生活に不可欠な移動や住居の建設に厳しい制限を加え、住民の生活を困難にし、最終的には住民が「自主的」にその土地から出ていくことを狙っているのだ。つまり“間接的な住民追放”である。西岸の現状を解説してくれたパレスチナ人のNGO代表が語った、「いま占領地の西岸で起こっていることは、“民族浄化”だ」という言葉の意味を、私はこの現場で実感した。

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