Webコラム

日々の雑感 284:
【パレスチナ現地報告】(9)
ヨルダン渓谷・“占領”の悪循環

2012年12月2日(日)


写真:イスラエル当局によって土地からの退去命令を受けた家族

 いまなお占領が続く「C地区」の現状を象徴するのが、ヨルダン渓谷である。2007年春、私はヨルダン渓谷の北部の村ジフトリックに民家に滞在し、この村周辺での“占領”の状況を取材したことがあった。イスラエルによる農業用水の制限、家屋破壊、農産物の販売の限られたルート、校舎建設を許可されない学校現場、若者たちの入植地での雇用の依存……。一方、ユダヤ人入植地を取材、その近代的な農業の実態、そこで働く周辺の村の若いパレスチナ人労働者たちも取材・撮影した。しかしその映像は、どのテレビ局にも発表できず、私の書庫に眠ったままになっている。
 11月下旬、私はこのヨルダン渓谷を5年ぶりに再訪した。まずエルサレムからラマラへバスで向かい、そこからヨルダン渓谷最大の街ジェリコへの乗り合いタクシーに乗る。さらにジフトリック村へ向かうには、小型バスを使う。そのバスはジェリコから幹線道路を北上するが、その沿道の左右にユダヤ人入植地のナツメヤシ畑、バナナ畑、農業ハウス群などが次々と現れる。ヨルダン渓谷の土地がいかに入植地に侵蝕されているかを象徴する光景である。
 ジフトリック村に外国人ボランティアや支援者たちのための宿泊施設ができていた。地元のNGO「ヨルダン渓谷連帯(Jordan Valley Solidarity)」が地元や海外のボランティアたちと建設した。私もそこに2晩泊めてもらい、そのNGOスタッフの青年に、現地をクルマで案内してもらった。
 フサヤ村は、ジェリコとジフトリックの間にある遊牧民が点在する地区だ。いまイスラエル当局が、この集落の住民にこの地区を出て北部地区に移動するようにという指令書を出し、その立ち退き期限が間近に迫っているという。イスラエル当局は、住民をここから追い出し、隣接する入植地の拡張を狙っているようだ。住民によれば、たくさんの羊を飼う住民にとって、指定された北部地区は狭すぎて、複数の家族が生活していくことはできないという。遊牧民が長年暮らしてきたパレスチナの土地を突然、「軍事地区」に指定し、そこから住民を強制的に追い出し、従わなければ、住居を「違法建築物」として破壊する。そして住民がいなくなった土地に隣接するにユダヤ人入植地が拡張される。
 土地だけではない。農業に欠かせない水資源もイスラエルの入植地に奪われ、パレスチナ人の農民や遊牧民は使用を厳しく制限されている。占領前は自由に地下水を利用できたが、1967年の占領以後、その厳しい水使用制限のために、遠く離れた、井戸を持つパレスチナ人の村から高い料金で買わなければならない。
 一方、入植地内だけでなく、パレスチナ人の居住地域にもイスラエル当局が建設した、地下水を汲み上げるポンプ場があちこちに点在する。その汲み上げられた水は、もちろんパレスチナ人側ではなく、点在する入植地で農業用水、生活用水、さらにプールの水として使用される。NGOの青年が、かつてパレスチナ人が使用していた水路へ案内してくれた。かつては豊富な水が流れ、近隣の農地を潤していたそのコンクリート製の水路は、今は空で、一部はもう壊れている。すぐ近くに、近代的なポンプ場の建物があった。周囲は頑丈なフェンスで囲まれている。イスラエルが地下水を汲み上げ、近隣の入植地に送る水源の1つだ。このような強力なポンプで地下水を大量に汲み上げてしまうので、隣接するパレスチナ人の井戸は枯れてしまう。

 イスラエル当局による土地や水資源の収奪のために農業や家畜の飼育で生活できなくなった住民たちが、生きるために求めることができる数少ない雇用の場が、皮肉にも、隣接するユダヤ人入植地だ。大半が農業を主な産業としているヨルダン渓谷のユダヤ人入植地には大量の労働力が必要となる。近隣のパレスチナ人村の仕事にあぶれた青年たちは、入植地にとって願ってもない安価な労働力となる。現在、ヨルダン渓谷の農業入植地ではユダヤ人入植者たちの高齢化が進む一方、若い世代が入植地に根付かず都会に出てしまうので、深刻な労働力不足に悩んでいるといわれている。他方、近隣のパレスチナ人たちは農業や家畜業で生きていけなくなり代替の仕事を求めざるをえない。その両者のニーズが一致し、パレスチナ人の若者たちが、自分たちの土地や水資源を奪い占領するイスラエルの入植地で働き、生活を支えるという皮肉な現実が、このヨルダン渓谷にある。
 地元パレスチナ人社会とユダヤ人入植地のこの“経済的な従属関係”が絶ち切られない限り、ヨルダン渓谷での“占領”は終わらない。農業で生きていけないパレスチナ人たちがユダヤ人入植地で働く。それによって高齢化した入植地が維持される。入植地の農業を維持するために大量の水が必要となり、パレスチナ人の少ない水資源がさらに奪われる。それによってパレスチナ人の農業がますます衰退する。農業で生活できないパレスチナ人が入植地での仕事を求める……。この悪循環の中で、ヨルダン渓谷の入植地は拡張され、占領がいっそう固定化される。
 「この問題を解決するには、まずヨルダン渓谷でのイスラエルの占領を終結させるべきだ」という主張は正論である。しかし、入植地で働かなければ生きていけないパレスチナ人にとっては、それは餓死寸前の人に「君が飢えているのは、社会構造がおかしいからだ。社会を変革するまで待て」と言われるようなものだろう。入植地で働くことは、自分たちの生活基盤を奪っている入植地の存続を助け、結果的には“占領”を長引かせることになる“毒まんじゅう”だとわかっていても、飢えている人はその“毒まんじゅう”を食べるしか、生き延びる手立てがないのだ。「ヨルダン渓谷の“占領”の終結」を求めるなら、まず、地元住民がユダヤ人入植地に依存しなくてもいい、自立した生活手段への道を提示し、その支援をすることが不可欠だ、と私は思う。

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