土井敏邦監督『“記憶”と生きる』

アジア太平洋戦争下、「慰安婦」にされた朝鮮人女性たちの消せない”記憶”を記録したドキュメンタリー

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2015年7月8日
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作品紹介

「この胸の痛みは、誰にもわからない──」

「この胸の痛みは、誰にもわからない──」

深く刻まれた傷を抱え、壮絶な戦後の半生を送ったハルモニたちのありのままの声と日常

元「慰安婦」たちが肩を寄せ合って暮らす韓国の「ナヌム(分かち合い)の家」。1994年12月から2年にわたって日本人ジャーナリストがハルモニ(おばあさん)たちの生活と声をカメラで記録した。元「慰安婦」という共通の体験以外、その境遇や歩んできた道はまったく異なるハルモニたち。支えあい、時には激しくぶつかり合う。そんな生活の中で彼女たちは消せない過去の記憶と、抑えられない感情を日本人の記録者にぶつけ、吐露する。あれから20年近く経った今、あのハルモニたちはもうこの世にいない。残されたのは、彼女たちの声と姿を記録した映像だった……

2009年度キネマ旬報文化映画ベスト・テン第1位に輝いた『沈黙を破る』、2013年度同ベスト・テン第3位で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞を受賞した『異国に生きる 日本の中のビルマ人』の土井敏邦監督が、戦後70年の2015年、あらためて「慰安婦」問題の”記憶”を辿るために完成した注目の最新作。3時間半を超えるこのドキュメンタリー映画は、「問題の解説」や「史実の検証」を目指したものではない。被害女性たちの証言を ありのままに記録した映像作品である。


歴史が薄っぺらい紙のように語られてしまう危険な時代だからこそ、今観るべき貴重な作品だ。語りたくないこと、語れないこと、語ろうとすると涙が止まらなくなる様。「言葉」では描かれない、紙に書きようのない「証言」がここにはある。

── 北原 みのり(作家)

「確かな存在」を肉声を伝えることの大切さを、この映画で痛感した。

── 田中 優子(江戸文化研究、法政大学総長)

ハルモニたちを覆いつくしてきた虚無に、わたしはどうしていいかわからなくなった。それでも、この痛切な言葉を聞くことができて、彼女たちの眼差しと出会うことができてよかったと思う。土井監督が残してくれたハルモニたちの言い知れぬ記憶のかけらを、わたしの記憶に刻みつける。

── 纐纈 あや(映画監督)

「慰安婦」とよばれたハルモニたちは、それぞれの話――とくにその細部(ディテール)――を聴けば聴くほど、歴史の暗部におきざりにされた絶望と、にもかかわらず、絶望のなかで維持しえた心の奥行きの果てしない深さと豊穣を感じさせずにはおきません。

── 辺見 庸(作家)

第一部 分かち合いの家 124分

「ナヌム(分かち合い)の家」で暮らすハルモニたち。過去を忘れるための酒が手放せず荒む女性、息子に過去を知られ悩み苦んだ女性、戦後、結婚もできず孤独に生きてきた女性……。彼女たちの日常生活とともに、「慰安婦」の記憶や戦後の波乱の半生を語る5人の声を丹念に記録。


第二部 姜徳景 91分

ナヌムの家の住人で最年少の姜徳景(カン・ドクキョン)は、「女子挺身隊」として日本に渡るが、脱走したことで「慰安婦」にされる。望まない子を宿し、戦後帰国した彼女の波乱の半生。その体験と心情を姜徳景は絵で表現した。やがて肺がん末期と宣告される。彼女が死を迎えるまでの2年間を記録。


姜 徳景
カン・ドクキョン。1929年、韓国南部の裕福な家庭に生また。1944年、国民学校高等科1年生の時、「女子挺身隊」として富山県の軍需工場に送られた。しかし過酷な労働と空腹に耐えられず寮から脱走、直後に軍人に捕らえられて強姦され、長野県松代町の慰安所に送られた。日本の敗戦後に帰国する途上で、妊娠を知り、避難先の韓国南部の旅館で出産した。息子を釜山の孤児院に預けたが、4歳の時、肺炎で死亡したと告げられた。食堂の経営や米軍基地の運転手などさまざま仕事を転々とし、50代にはビニールハウス農場に住み込み、10年近く働いた。1992年に「ナヌムの家」設立時に入居。そこで始まった絵画教室で学び、過去の体験を絵画で表現し始めた。1997年2月、肺がんのために死去。享年68歳。

土井監督 著
『“記憶”と生きる』 元「慰安婦」姜徳景の生涯
2015年4月20日 発売(大月書店)

映画『“記憶”と生きる』第二部の主人公であり、韓国における「慰安婦」運動のシンボルでもあった姜徳景の半生を追った記録。1994年12月から、肺がんで死去する直前の97年1月までの生活と語りを記録し、さらに独自に姜徳景の足跡をたどる。

本の紹介ページ:大月書店

主な登場人物

金順徳(キム・スンドク)
1921年、貧農に生まれる。17歳の時、「日本の工場で働ける」と騙され、中国の上海や南京の郊外で4年間、「慰安婦」生活を強いられる。帰国後、鉄道庁の職員の「妾」となり、3人の子を生んだ。「夫」の死後、洗濯婦や病院の付き添い看護などさまざまな仕事をして子供を育てた。テレビで日本政府要人の「『従軍慰安婦』たちは金が目的で戦地へ行った」という主張を知り、怒りがこみ上げ、過去を公にした。しかし子供たちに過去を知られる恐怖、衝撃を与えた自責に長年悩み苦しんだ。2004年6月死去。享年82歳。
朴玉蓮(パク・オクリョン)
1919年生まれで、ナヌムの家の最年長。23歳の時、「軍たちの世話や治療、看病をする仕事」と騙されてラバウルに送られ、「慰安婦」にされた。帰国後、普通の結婚もできず、公務員の「妾」になり、3人の子を生み独りで育てた。貧しくて優秀な息子を大学にやれず、日本から補償金をもらって、その息子に「家」を買ってやりたいというのが夢だった。子供たちには「慰安婦」だった過去を隠し、ナヌムの家がどういう施設かも知らせず、移り住んだ。2011年5月に死去。享年92歳。

制作の経緯と趣旨

私が初めて韓国の元日本軍「慰安婦」の女性たちが共同生活する「ナヌム(分かち合い)の家」を訪ねたのは、20年前の1994年夏だった。ただ、その女性たちの取材が目的ではなかった。韓国を訪ねたいという広島の老被爆者を、その元「慰安婦」のハルモニ(おばあさん)たちと引き合わせる下見のためだった。しかしハルモニたちと実際に向き合い、体験談を聞くと、私は、被爆者と引き合わす前に、まず日本人ジャーナリストの私自身がこの老女たちのことをもっと知らなければならないと思った。それから4ヵ月後、今度はカメラで元「慰安婦」のハルモニたちの生活と声を記録するため、私は再び「ナヌムの家」へ向かった。

本編の映像は、1994年12月から1997年1月までほぼ2年にわたり断続的に、ハルモニたちの生活を追いながら、戦時中の体験、戦後の歩み、さらに現在の思いを語る声を記録したものである。

この映像を撮影してすでに20年が経つ。しかし、いわゆる「従軍慰安婦」問題は忘れ去られるどころか、今や日韓関係を大きく左右する重大な国際問題となった。日本国内でも、当時の日本政府、旧軍部の関与の有無をめぐって激しい議論が続いている。ただそれら議論の中で語られるのは「従軍慰安婦」というマス(集団)であり、当事者である個々人の“顔”が見えてこない。

このドキュメンタリー映画は、元日本軍「慰安婦」たち個々人の“顔”と“声”を等身大かつ固有名詞で伝え残すことを目的として制作したものである。

この映画のタイトルを「“記憶”と生きる」とした。元「慰安婦」のハルモニたちは、脳裏に深く刻まれ、戦後数十年間、消せないその“記憶”を背負って生き抜いてきた。そのハルモニたちの証言の中には、時間や場所など事実と矛盾する点もあるかもしれない。しかし、それは紛れもなく、ハルモニたちに刻まれた“記憶”なのである。このドキュメンタリー映画は、その“記憶”を、加害国である日本のジャーナリストの私が、映像として“記録”したものである。

登場する7人のハルモニたち全員がすでに亡くなり、残されたその証言は、今や貴重な“歴史資料”となっている。

土井敏邦

監督プロフィール

土井 敏邦(どい としくに)
1953年佐賀県生まれ。ジャーナリスト。
1985年以来、パレスチナをはじめ各地を取材。1993年よりビデオ・ジャーナリストとしての活動も開始し、パレスチナやアジアに関するドキュメンタリーを制作、テレビ各局で放映される。2005年に『ファルージャ 2004年4月』、2009年には「届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと」全4部作を完成、その第4部『沈黙を破る』は劇場公開され、2009年度キネマ旬報ベスト・テンの文化映画部門で第1位、石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。次作となった『“私”を生きる』(2010年)は、2012年度キネマ旬報ベスト・テン文化映画部門で第2位。

東日本大震災後に制作された中編『飯舘村 第一章・故郷を追われる村人たち』(2012年)では「ゆふいん文化・記録映画祭・第5回松川賞」を受賞。また、2012年には、ビルマ(ミャンマー)から政治難民として日本に渡った青年を14年にわたって見つめた『異国に生きる 日本の中のビルマ人』で2013年度キネマ旬報文化映画第3位、文化庁映画賞文化記録映画優秀賞受賞。その他に『飯舘村 放射能帰村』(2013)、「ガザに生きる」全5部作(2014)など。著書は『アメリカのユダヤ人』、『沈黙を破る─元イスラエル軍将兵が語る“占領”─』(いずれも岩波書店)など多数。

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作品データ

『“記憶”と生きる』
第一部 分かち合いの家 (124分)
第二部 姜徳景 (91分)

監督・撮影・編集:土井 敏邦
編集協力:森内 康博
整音:藤口 諒太
配給:きろくびと(info@kiroku-bito.com)
2015年/日本/215分(124分+91分)

写真:安 世鴻

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